虎ノ門ヒルズの床を、白いスーツケースが静かに進んでいきます。
ハンドルを握るのは、With Blindメンバーのよーすけ。もう一方の手には白杖があります。見た目はスーツケースですが、周囲の人や障害物を認識し、目的地まで利用者を案内する自律型ナビゲーションロボット「AIスーツケース」です。
2026年10月6日、よーすけは虎ノ門ヒルズで行われているAIスーツケースの実証実験に参加しました。体験時間は約1時間半。今回は、その記録を前編と後編に分け、スタッフとの会話を交えながらお届けします。
前編では、AIスーツケースの仕組みや操作方法、コース選び、そしてエレベーターに乗るまでを紹介します。

日本科学未来館や大阪・関西万博でも体験していて、今回で4回目くらいです。場所が変わると、AIスーツケースの印象も変わりますね。

AIスーツケースとは?
AIスーツケースは、視覚障害者の移動を支援する自律型ナビゲーションロボットです。見た目は一般的なスーツケースに近いものの、LiDAR、RGB-Dカメラ、コンピューター、モーターなどを搭載しています。
LiDARはレーザーで壁や障害物までの距離を測り、事前に作られた地図と照らし合わせて現在位置を把握します。RGB-Dカメラは人や物との距離を捉え、歩いている人の方向や速さも見ながら、安全な進路を計算します。
AIスーツケースの詳しい開発背景や機能は、With Blindの過去記事「視覚障害者の未来を変えるAI技術【2026年版】AIスーツケース・生成AI・スマートグラス」でも紹介しています。初めて知った方は、ぜひあわせてお読みください。
開発は、日本科学未来館館長であり、自身も全盲の研究者である浅川智恵子さんの「スーツケースが自動で動いて、道案内してくれたら」という着想から始まりました。2017年ごろから研究が進み、現在は企業、大学、日本科学未来館などが連携して社会実装を目指しています。
まずは、触って全体像を知る
体験は、ハンドルの高さを身体に合わせるところから始まりました。肘がほぼ直角になる高さに調整すると、スタッフが操作部を一つずつ案内してくれます。

ハンドルを握っている間は進み、手を離すと止まります。人差し指が触れる位置には、曲がる方向を示す「羅針盤」があります。羅針盤が左右に動くので、進む方向を指先で確認できます。

以前も体験しましたが、細かな操作までは覚えていませんでした。一つずつ説明してもらえると安心です。

スタッフの説明で印象的だったのは、「握っている間は進み、離せば止まる」という基本操作です。迷ったときに手を離せば止まる。このわかりやすさは、初めて触る人にとって大切です。
AIスーツケースは、実証実験を重ねながら、実際の街でより使いやすい形へと進化しています。今回も、さまざまな環境で安定して動くための工夫や、必要なときにスタッフが支える仕組みを確認しました。技術と人のサポートを組み合わせながら、安心して使える未来へ一歩ずつ近づいていることを感じます。
耳をふさがない骨伝導イヤフォンで案内を聞く
今回の実証実験では、耳にかけるタイプの骨伝導イヤフォンを装着して、AIスーツケースの音声案内を聞きました。耳をふさがないため、案内を聞きながら周囲の音も確認できます。

骨伝導イヤフォンなら耳をふさがないので、周りの音も聞きながら歩けますね。

はい。音声案内と周囲の音を一緒に聞けるように、今回は耳にかける骨伝導イヤフォンを使います。気づいたことがあれば、そのまま教えてください。
「何ができたか」だけでなく、「音が聞きやすいか」「装着しやすいか」「動作は自然か」を利用者が言葉にすること。それ自体が、技術を育てる大切な仕事です。
レストランか、緑か。目的地を声で伝える
右側のボタンを長押しし、合図の音が鳴ったら行き先を話します。この日は、虎ノ門ヒルズのレストランフロアを歩くコースと、屋外の緑を感じるコースが案内されました。
大都会の建物と自然が隣り合う虎ノ門ヒルズは、どちらも魅力的です。よーすけは迷った末、ショッピングモールでの利用イメージをより具体的に確かめられるレストランフロアを選びました。

レストラン回遊コースに行きたいです。……少しかんでしまったので、もう一度ゆっくり話してみます。

大丈夫ですよ。合図が鳴ったら、もう一度話してください。目的地が設定されたら、右のボタンを押して出発します。
音声対話は便利ですが、発話のたびに長押しし、認識を待つ場面があります。この小さな「待ち時間」が実際の移動ではどう感じられるのか。後編では、その率直な評価にも触れます。
「使い方が自然」と言われた瞬間
走り始めてしばらくすると、スタッフからこんな言葉がありました。

以前にも体験されていますよね。ハンドルの持ち方や歩き方が、とても自然です。

ありがとうございます。何度か体験するうちに、AIスーツケースに引っ張られるのではなく、一緒に歩く感覚が少しわかってきました。
これは、とても象徴的な場面でした。
支援技術は、使う人が「操作させられている」と感じるほど負担が大きくなります。反対に、日常動作の中へ自然に溶け込めば、道具を意識しすぎずに移動できます。AIスーツケースが一般的なスーツケースに近い姿をしていることにも、街の中へ溶け込むための意味があります。
カメラは止まって使うと、説明が正確になる
AIスーツケース上部のボタンを使うと、その場の写真を撮り、AIに周囲の状況を説明してもらえます。スタッフからは、撮影するときはいったん立ち止まるほうが、より正確な情報を得やすいと教えてもらいました。
ここで大切なのは、「走行中の障害物回避」と「周囲を言葉で説明する機能」が同じではないことです。
- 走行中:センサーとカメラで人や障害物を捉え、安全な進路を計算する
- 周囲の説明:利用者がボタンを押して撮影した画像をAIが解析する
- 店舗案内:あらかじめ登録された地点情報を、場所に応じて読み上げる
スタッフの説明で、機能ごとの役割がかなりわかりやすくなりました。
エレベーターは、社会実装の難しさが見える場所
いよいよエレベーターへ向かいます。先に降りる人を待ち、AIスーツケースの位置を調整しながら、右ボタンで一時停止と再開を切り替えます。

人が降りるのを待ってから入るんですね。反対側の扉から出るエレベーターなら、AIスーツケースの向きも考える必要がありそうです。

今回はスタッフが呼び出しや位置調整をします。将来はエレベーターとの連携も目指していますが、メーカーや施設ごとの設備・許可への対応が必要です。
ロボット単体が高性能でも、建物側の設備とつながらなければ、自動で階をまたぐことはできません。エレベーター会社、施設管理者、店舗、開発者、利用者。社会実装には、多くの関係者の協力が必要です。
それでも、エレベーター内でAIスーツケースをどのように動かすのか、以前より具体的にイメージできました。こうした一つひとつの実証が、「いつか一人でショッピングモールを歩く」という未来につながっていきます。
未来館、万博、そして虎ノ門ヒルズ
よーすけはこれまで、日本科学未来館と大阪・関西万博でもAIスーツケースを体験してきました。
日本科学未来館では、展示を巡りながら屋内ナビゲーションの可能性を感じました。大阪・関西万博では、屋外を歩き、大屋根リングを散歩できたことが何より印象的でした。
そして今回の虎ノ門ヒルズには、また別の面白さがあります。
大都会の建物の中に緑があり、外へ出れば自然を感じられる。その一方で、レストランフロアやショッピング街にも行けます。「いつかショッピングモールで借りて、食事や買い物を楽しむ」という使い方が、これまで以上に具体的に想像できました。
後編は、レストランフロアと遠隔サポートへ
エレベーターを降りると、AIスーツケースの速度は少しゆっくりになりました。両側に店舗が並び、人との距離が近くなるレストランフロアでは、環境に合わせて速度を調整するためです。
後編では、次の場面を紹介します。
- レストランの情報をどう受け取るのか
- 人の進行方向まで見て回避する仕組み
- 遠隔スタッフと通話する新しい実証
- 音声対話で感じた使いにくさ
- 社会が技術を受け入れるために必要なこと
▶ 【後編】レストランフロアを歩いて見えた、AIスーツケース社会実装のリアル
虎ノ門ヒルズの実証実験に参加するには
実証実験は2026年10月31日(土)まで開催されています(水曜定休)。会場は虎ノ門ヒルズ グラスロックB2F、時間は10:30〜17:00です。
- ショートコース:予約不要、約10分
- ロングコース:要予約、14:00〜/15:30〜、約1時間、1組最大4名
- ロングコースの対象:視覚障害当事者、ご家族・支援者、支援技術の研究開発に携わる方を優先
- 予約:会場受付、メール
aistaikentoranomon2026@gmail.com - 電話:
080-2485-9548(電話予約は視覚障害当事者のみ) - 受付時間:9:30〜17:30
最新情報・申込方法は必ず公式ページで確認してください。
▶ 虎ノ門ヒルズ駅周辺地区 AIスーツケース実証実験 公式案内
体験を終えたよーすけは、「10月31日までに、もう一度行きたい」と話していました。次は、緑を感じられる屋外コースも、じっくり歩いてみたいそうです。


