虎ノ門ヒルズ ステーションタワー4階。両側にレストランが並ぶ通路へ出ると、AIスーツケースの歩く速さが少し変わりました。
広い場所では、人が普通に歩く速さに近い時速4.5キロほど。店が並び、通路が狭くなる場所では自動的にゆっくり進みます。
前編では、AIスーツケースの仕組みと操作、コース選び、エレベーターに乗るまでを紹介しました。
▶ 【前編】AIスーツケースで虎ノ門ヒルズへ!よーすけが歩いて感じた「自然な移動」
後編では、レストランフロアでの情報提供、歩行者を避ける仕組み、遠隔サポート、そして体験後の率直な評価をお届けします。

人の速さと方向を見て、「ぶつかる前」に避ける
よーすけは、歩きながら開発スタッフに尋ねました。

歩く速度が上がっても、人や障害物をきちんと認識できるんですか?

AIスーツケースは、人との距離だけでなく、その人がどちらへ、どのくらいの速さで動いているかも見ています。そのまま通り過ぎると判断すれば進み、ぶつかる可能性があれば避けます。

AIスーツケースは、目の前に人がいるから機械的に止まるだけではありません。相手がどちらへ進むかを予測し、自分の進路と交差するかを計算します。
その一方で、店の前を通ったときに流れる案内は、基本的にあらかじめ登録された情報です。カメラ映像を常に文章へ変換しているわけではありません。

走行中の画像は主に障害物の認識に使います。周囲の説明がほしいときは、利用者がボタンを押して撮影し、その画像をAIが解析します。
「自動で案内する」と一言で言っても、測位、障害物回避、地点案内、画像説明、音声対話は、それぞれ異なる仕組みで動いています。体験中に質問できたことで、その違いがよくわかりました。
レストランの名前だけでなく、「何が食べられるか」へ
レストランフロアでは、店舗の前を通ると、あらかじめ登録された案内が流れます。さらに「近くにはどんなレストランがありますか」「このお店にはどんなメニューがありますか」と尋ねると、追加の情報を得られます。

お店の名前だけでなく、メニューについても聞けるんですか?

すべてのお店を一度に案内すると情報が多くなりすぎるため、ルート上の店舗を選んで案内します。気になるお店があれば、メニューなどの詳しい情報も質問できます。
ここで、ショッピングモールで使う姿が一気に具体的になりました。
視覚障害者にとって、「目的の店へ行ける」ことと「途中で面白そうな店に気づける」ことは同じではありません。目的地まで最短で着くだけならナビゲーションですが、周囲の店やメニューを知り、予定になかった選択肢に出会えれば、それは買い物や外食の楽しさになります。
よーすけが大阪・関西万博で大屋根リングを散歩したとき、うれしかったのは「屋外を自分の足で歩けたこと」でした。虎ノ門ヒルズでは、都市と自然、レストランとショッピングがつながっています。移動支援が「用事を済ませる」だけでなく、「寄り道を楽しむ」方向へ広がっているように感じました。
困ったとき、遠隔のスタッフと話せる
今回の虎ノ門ヒルズでの実証実験では、遠隔サポートも試されていました。利用者が「スタッフと話したい」とAIスーツケースに伝えると通話がつながり、離れた場所にいるスタッフがAIスーツケースのカメラ映像を見ながら対応します。

スタッフの方と話したいです。

はい、聞こえています。こちらでも周囲の映像を確認できます。何かお困りのことはありますか?
この仕組みが重要なのは、将来、利用者一人ひとりに現地スタッフが付き続ける運用は難しいからです。
開発スタッフによると、将来はコールセンターのような場所から、複数の利用者を見守る構想があります。受付担当は「途中でやめたい」「通常のルートとは別の場所へ行きたい」といった相談に対応し、技術担当は再起動や故障箇所の確認など、より専門的な操作を遠隔から行います。施設の用途に合わせて、支援内容を変えることも想定されています。
美術館なら展示鑑賞、病院なら受付や診療科、ショッピングモールなら店舗や休憩場所。AIスーツケースの機能だけでなく、その場所で利用者が何をしたいのかに合わせて、支援を設計する必要があります。
エレベーター連携は、AIスーツケースだけでは解決できない課題
帰りのエレベーターでも、よーすけは質問しました。

将来は、AIスーツケースが自動でエレベーターを呼べるんですか?

将来的には自動で呼べるようにしたいと考えています。ただ、エレベーター会社ごとに仕組みが異なり、施設側の許可や設備との連携も必要です。AIスーツケースだけでは解決できない部分ですね。
社会実装には、ロボットそのものの改良だけでなく、建物や制度、運用する人の準備が必要です。これは難しさであると同時に、施設側が一緒に取り組めば、急速に前へ進める可能性があるということでもあります。
率直に感じた課題。音声だけに頼らない操作へ
体験後のアンケートで、よーすけはナビゲーションの安全性や、レストラン情報の楽しさを高く評価しました。
「人や障害物を避けながら円滑に移動できた」「周囲のほしい情報を適切に教えてくれた」という点は、大きな魅力でした。
一方、音声対話の使いやすさについては、あえて厳しめに評価しました。

行き先を選ぶたびに声で話すのは、少し手間に感じました。「はい」「いいえ」だけでも、すぐに押せるボタンがあると便利です。こちらが質問している途中で、別の音声案内が始まることも気になりました。
これは音声機能を否定しているのではありません。声が便利な場面もあれば、混雑した場所、静かな場所、うまく発音できないとき、周囲に会話を聞かれたくないときもあります。
音声、ボタン、ハンドルの触覚。複数の操作方法から、その人と場面に合うものを選べることが大切です。
日本科学未来館が公開した大阪・関西万博の実証結果でも、満足度は92.5%と高い一方、ボタンやハンドルの操作性、急停止・急発進、音声対話の応答速度や正確性などが課題として挙げられています。よーすけの感想も、個人の好みだけではなく、実用化へ向けた重要な論点と重なっていました。
「自然に見える」ことと、「周囲に伝わる」こと
AIスーツケースに関する2022年の研究では、利用者、施設管理者、周囲の人がこのロボットをどう受け入れるかが調べられました。
視覚障害のある参加者の多くは、普通のスーツケースに近く、街の風景へ自然に溶け込むデザインを好意的に受け止めました。一方、施設側からは「周囲の人に視覚障害者の利用だと伝わらないと、安全面で気づいてもらいにくい」という意見も出ています。カメラによるプライバシーへの配慮も、施設導入で欠かせない課題です。
「障害を必要以上に目立たせず、自然に歩きたい」という気持ちと、「周囲に必要な配慮が伝わるほうが安全」という考え。どちらも大切です。答えを一つに決めるのではなく、混雑度や場所、本人の希望に応じて選べる設計が求められます。
技術を受け入れ、育てる社会でありたい
社会実装までには、まだ多くの課題があります。
- 混雑時や予想外の障害物への対応
- 音声対話の速さと正確性
- エレベーターや施設設備との連携
- 遠隔サポートの運用と責任体制
- カメラとプライバシーへの理解
- 導入費用や維持管理
- 周囲の人への周知
しかし、課題があるから使わないのではなく、実際に使い、率直に伝え、よりよい形へ育てていく姿勢も必要です。
視覚障害者側にも、新しい技術へ触れ、自分に合う使い方を探し、改善点を言葉にする役割があります。社会の側にも、完全になるまで遠巻きに眺めるのではなく、実証の場を増やし、投資し、期待しながら受け入れる姿勢が求められます。
先進技術が特別な展示会の中だけでなく、駅や病院、商業施設、街角で当たり前に使われる社会になってほしい。そのための開発に資金と人材が集まり、挑戦を続けられる社会を、With Blindは目指したいと考えています。
With Blindも、技術に本気で取り組みます
With Blindは、視覚障害者の生活や仕事を支えるうえで、技術を重要な柱と考えています。
AIの使い方を学ぶ講座、情報アクセシビリティ、仕事で使えるデジタルスキル、当事者の声を開発へ届ける活動。技術を「誰かが作ったものとして受け取る」だけでなく、視覚障害者自身が選び、評価し、つくる側へ回ることを目指しています。
未来の視覚障害者が、AIスーツケースを使うだけでなく、エンジニア、研究者、デザイナー、事業責任者として開発の第一線で活躍する。そんな未来を、私たちは本気で実現したいと考えています。
浅川智恵子さんが、当事者としての実感からAIスーツケースの着想を生み、研究開発を率いてきたことは、その未来が夢ではないことを示しています。
よーすけは、もう一度行きたい
日本科学未来館では、展示空間を歩く楽しさがありました。大阪・関西万博では、屋外へ出て、大屋根リングを散歩できたことが忘れられません。
虎ノ門ヒルズでは、大都会と自然が混ざり合う空間を歩きながら、レストランフロアやショッピング街へ行けました。「ショッピングモールでAIスーツケースを借りる未来」が、これまででいちばん具体的に見えました。
体験中、AIスーツケースの案内が完璧だったわけではありません。どら焼き店の前を通ったものの、十分な案内が流れず、体験後にスタッフへ確認する場面もありました。
でも、だからこそ、もう一度試したくなります。

実証実験は10月31日までなので、次は外の緑やレストランフロアを、もっとじっくり歩いてみたいです。また体験しに行きたいですね。
実証実験の概要と申込方法
- 期間:2026年10月1日(木)〜10月31日(土)
- 定休日:水曜日
- 時間:10:30〜17:00
- 会場:虎ノ門ヒルズ グラスロックB2F
- ショートコース:予約不要、約10分
- ロングコース:要予約、14:00〜/15:30〜、約1時間、1組最大4名
- ロングコースの内容:グラスロックB2Fから虎の門病院周辺、ステーションタワー4Fレストランフロアへ。天候によりTデッキやオーバル広場も巡ります
- 予約:会場内受付、メール
aistaikentoranomon2026@gmail.com - 電話:
080-2485-9548(電話予約は視覚障害当事者のみ) - 受付時間:9:30〜17:30
▶ 虎ノ門ヒルズ駅周辺地区 AIスーツケース実証実験 公式案内
※開催状況や予約枠は変わる可能性があります。お出かけ前に、必ず公式ページで最新情報をご確認ください。
参考資料・関連リンク
- 虎ノ門ヒルズ「虎ノ門ヒルズ駅周辺地区 AIスーツケース実証実験」
- 日本科学未来館「AIスーツケースについて」
- 日本科学未来館「自律型ナビゲーションロボットAIスーツケースの社会実装に向けて」
- IBM Research “How Users, Facility Managers, and Bystanders Perceive and Accept a Navigation Robot for Visually Impaired People in Public Buildings”
- With Blind「視覚障害者の未来を変えるAI技術【2026年版】AIスーツケース・生成AI・スマートグラス」

