もし、会社に着いて最初にする仕事が「今日、働ける席を当てること」だったら。しかも、外れた日は机が空くまで仕事を始められないとしたら、あなたはどう感じるでしょうか。
フリーアドレスとは、自分専用の席を決めず、その日の仕事に合わせて座席を使う仕組みです。交流を増やせる一方、どの席でも同じように働けるとは限りません。
今回は、視覚障害のある社員が多数を占める架空の会社「リバース社」で、見える社員の立場から考えてみます。「全員同じルール」と「全員が仕事を始められること」の違いを、会話でたどる物語です。
※会社、人物、会話、出来事は創作です。このオフィスの設定は、視覚障害者全体の希望や働き方を表すものではありません。
この記事でわかること
- フリーアドレスで、同じ抽選が不公平になる理由
- 視覚障害者が職場で直面しうる、座席・移動・情報の課題
- 固定席や予約席を、働ける環境につなげる工夫
登場人物:大庭=広報担当の見える社員。三浦=全盲の施設担当者。李=同じ広報チームの同僚。
フリーアドレスなのに「働ける席」が選べない朝
席のくじは当たった。でも、仕事は始められない
月曜日の朝。本社を改装したリバース社では、部署を越えた交流を増やすため、毎朝くじで席を決める運用が始まりました。音声で操作できる端末は各席にありますが、広報の画像確認に使う大型モニターと明るさを調整できる照明は、窓側の二席だけです。
大庭の仕事には、写真の色や紙の印刷見本を目で確かめる作業があります。今日のくじは、窓側から遠い席でした。

三浦さん、今日の席にはモニターがありません。午前中に印刷見本を確認したいのですが、窓側の席を使えますか?

今日は二席とも埋まっていますね。空いたら移ってください。全員くじなので、公平ですよ。

席の番号はもらえました。でも、必要な確認作業ができる席は、まだ決まっていないんです。
大庭は文章の下書きを先に進め、席が空くのを待ちました。ところが、二席とも午後まで使う予定だとわかります。朝の時点で完成させるつもりだった確認作業は、止まったままです。

私の端末で、読み上げを使って確認できませんか?

文章はそれで確認できます。ありがとう。ただ、写真の色や印刷のずれは、別の方法で確かめる必要があります。
空いている席と、担当する仕事ができる席は違う。この違いが、座席表には書かれていませんでした。
「早く来ればいい」では解決しない

それなら、明日は少し早く来てはどうでしょう。

抽選が始まるのは全員同じ時刻ですよね。早く来ても、必要な席が当たるとは限りません。

毎朝、運で仕事の準備が決まるんですね。会議室が取れないだけでも困るのに、それが自分の作業机だと……。
大庭に必要なのは、窓際の眺めでも、好きな席を選ぶ権利でもありません。担当業務に必要な設備を、必要な時間に使えることです。早起きや努力を増やしても、設備が使えないという問題は残ります。
席探しの負担が、仕事の遅れや評価に変わる
昼前、チームから原稿確認の連絡が届きました。

大庭さん、写真の確認は終わりましたか? 次の工程が待っています。

まだです。使える席が空かなくて……。朝から何度も確認しているのですが。

それを知らずに、「確認に時間がかかっている」と思っていました。
仕事の結果だけを見ると、大庭の作業が遅いように見えます。しかし、その手前には「設備を探す」「空くまで待つ」「移動してつなぎ直す」という準備がありました。周囲には、その時間が見えていません。

席を替わってもらうたびに、理由を説明するのも気が重いです。またお願いしている、と思われそうで。

設備の問題なのに、大庭さんのお願いとして扱ってしまっていたんですね。
相談するたびに遠慮が必要な職場では、困りごとが表に出にくくなります。黙っていることを「問題なく使えている」と受け取ると、改善のきっかけまで失われます。
席が使えない → 準備が遅れる → 締切に響く → 本人の能力の問題に見える。この流れを止めるには、成果に加えて、仕事を始める条件も確かめる必要があります。
視覚障害者とフリーアドレス:現実の職場で考えたい課題
ここから、現実の職場に戻ってみましょう。物語では「見えることを前提とした作業」が少数派でした。現実には、座席の空き状況や機器の位置を、見て確認する前提の職場があります。
全盲の人と弱視の人でも、必要な環境は異なります。同じ見え方でも、担当業務、使う道具、職場に慣れているかによって困りごとは変わります。次の例を手がかりに、本人と確認することが大切です。
毎日変わる座席と通路:移動の手がかりが変わる
見えない人にとっては、机の位置や通路の曲がり角など、覚えた配置が移動の手がかりになる場合があります。席が毎日変わり、椅子や荷物で通路が狭くなると、位置の確認や安全な移動に時間が必要になることがあります。
「空いている席はあそこです」という案内だけでは、場所が伝わらないこともあります。入口からの位置や経路を具体的に伝え、通路に物を置かない運用まで整えると、使いやすさが変わります。
照明と支援機器:同じ机でも使いやすさは違う
弱視の人には、画面の映り込みやまぶしさで文字が読みにくくなる人も、手元に明かりが必要な人もいます。大型モニター、画面拡大ソフト、拡大読書器などが必要な場合もあります。明るければ全員に使いやすい、とは限りません。
物語の大庭が設備を使える席を必要としたように、現実でも「どの席が空いているか」に加えて、「必要な機器や照明の条件が整っているか」が重要です。
座席予約の画面:予約できる仕組みも必要
席を予約できても、予約画面が色だけで空席を示したり、マウス操作が必須だったりすれば、使いにくい人がいます。音声読み上げやキーボードで操作できるかを、実際の利用者と確認しましょう。
予約画面をすぐに改修できない場合は、担当者への連絡など、本人が利用できる予約方法を併せて用意することも考えられます。
「全員同じ」は公平? 合理的配慮を会話で考える
翌日、三人は座席の運用を見直すために集まりました。

一人だけ固定席にしたら、「特別扱いだ」と言われるかもしれません。そこが気になっています。

営業車が必要な人に車を用意しても、全員に車を配るわけではありませんよね。仕事に必要な設備も、同じ考え方で整理できませんか?

窓側の二席を、ずっと私のものにしたいわけではありません。確認作業がある時間に、確実に使えると助かります。

なるほど。全員を同じ抽選に入れることと、全員が業務を進められることを、一緒にしていました。
同じ手順に参加できても、その先で仕事ができるとは限りません。公平さを考えるときは、ルールの形だけでなく、必要な条件を満たして働けるかまで見てみましょう。
現実の障害者雇用では、仕事を進めるうえで障害となっている事情を、本人と事業主が話し合い、調整する「合理的配慮」が大切です。雇用分野では、障害者雇用促進法に基づき、事業主には過重な負担にならない範囲で提供する義務があります。厚生労働省の説明も参考になります。
具体的な方法は、障害の状態や職場の状況に応じて異なります。固定席が適している場合も、設備のある席の予約や配置の見直しで対応できる場合もあります。物語の逆転設定は、その対話の意味を考えるためのたとえです。
フリーアドレスの改善策:固定席・予約席をどう運用する?
まず「どんな席なら働けるか」を言葉にする

モニターがあれば、どの席でも大丈夫でしょうか?

紙の見本を置く広さと、手元の照明も必要です。画面に光が映り込まないかも、一緒に確認してもらえますか?
「この席がほしい」だけでは、理由が伝わりにくいことがあります。業務、必要な機器、使う時間、移動経路を整理すると、会社も代わりの案を検討しやすくなります。説明や調整は、本人だけに任せず、担当者と一緒に進めます。
予約できる席と、使えない日の対応を決める

まず設備のある二席を、作業に必要な人が予約できるようにしましょう。予約のない時間は、誰でも使える形にします。

二人の予約が重なったり、機器が故障したりした日は、どうしますか?

私を相談先にして、時間の調整や代わりの機器を確認します。毎回、本人に席替えの交渉をしてもらう運用は見直します。
フリーアドレスの交流という目的を残しながら、必要な席を確保する方法はあります。固定席と自由席を組み合わせることも選択肢です。利用頻度だけで判断せず、使いたい日に確保できるか、代わりの手段があるかも確認します。
導入後は「仕事を始められたか」を確かめる
三人は、まず二週間試してから話し合うことにしました。確認するのは、席探しや機器接続にかかる時間、必要な日に席を使えたか、作業が中断した理由です。

今日は、出社したら確認作業を始められました。席の相談ではなく、原稿の相談を李さんにできたのがうれしかったです。

私も、いつ確認が終わるか見通しを持てました。チームの予定が立てやすくなりましたね。
席を用意しただけで終わりにせず、働きやすくなったかを本人に確かめる。うまくいかなければ、条件や運用を調整する。この繰り返しが、使える仕組みを育てます。
視覚障害がなくても、自分の職場に持ち帰れること
今回の物語は、障害のある人と働いた経験がなくても、自分の仕事に置き換えて考えられます。
オンライン会議に入るたびに接続でつまずく。必要な資料が画像だけで検索できない。集中したい作業なのに、静かな場所を使えない。事情は違っても、「仕事の前に、環境を整える負担がある」という点は身近ではないでしょうか。
ただし、こうした経験と、障害に伴う継続的な障壁が同じというわけではありません。身近な不便を想像の入口にして、相手の状況は本人の言葉で確かめることが大切です。

「どの席でもいいですよ」と言う前に、「どんな席なら仕事をしやすいですか」と聞いてみたいですね。
誰かが遅れているとき、努力や能力を判断する前に、必要な道具や情報にたどり着けているかを見る。その視点は、チーム全体の働き方を見直す手がかりになります。
まとめ:席の平等から、働ける機会の公平へ
明日から確かめたい三つのこと
- 本人に聞く:何の作業で、どんな条件が必要か。
- 使える方法を決める:固定席、予約席、機器や配置の調整と、困った日の相談先。
- 試して振り返る:担当者と確認日を決め、実際に仕事を始めやすくなったか確かめる。
もし、自分の仕事を始める条件が毎朝くじで決まったら。「公平だから」と言われても、納得するのは難しいかもしれません。
席の抽選に参加できることと、仕事に参加できることは違う。固定席や予約席を、成果を出すための環境として考えてみる。そこから、見えても、見えなくても働きやすい職場づくりが始まります。
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「立場を逆転して考える」シリーズ
いつもの「当たり前」を反対側から眺めると、見えにくかった壁が見えてきます。


