視覚障害者の管理職・障害者雇用・インクルーシブ経営を“立場逆転”で考える
この記事は、あえて立場を逆転させた架空の会社の物語です。障害のない社員が管理職になれず、重度障害のある社員だけが意思決定者になれる会社を舞台に、「属性で可能性を決めること」の不合理さを考えます。
この記事で考えたいこと
- 「属性」を理由に昇進の可能性を閉ざしていないか
- 合理的配慮と、責任ある仕事を任せることは両立しているか
- 当事者が意見を聞かれるだけでなく、意思決定に参加できているか
この設定はかなり極端です。でも、立場を逆にするからこそ、「本人には言わないけれど、属性で将来を決めている」という構造が見えやすくなると思っています。
朝9時。オンライン会議の開始音が鳴った。
「おはようございます。今日の経営会議、資料はテキスト版とExcel版を先に共有してください。画像だけのスライドは、あとで説明を付けてください」
そう言ったのは、全盲の執行役員・黒田でした。画面の向こうには、車いすを使う社長、聴覚障害のあるCFO、上肢に重い障害のある人事担当役員が並んでいます。ここは架空企業「リバース社」。社員3,000人のIT・生活サービス企業です。
この会社には、世間から見ると少し変わったルールがあります。経営層とマネージャーになれるのは、原則として重度の障害がある社員だけ。障害のない社員は、どれほど成果を出しても専門職の最上位まで。部長にも、執行役員にも、取締役にもなれない。
もちろん、就業規則にそんな一文はない。人事は「昇進は総合的に判断しています」としか言いません。けれど入社して5年もたてば、みんな気づきます。同期の障害者社員はマネージャーになり、自分はなれない。評価面談では褒められる。給与も少し上がる。でも、決定権のある席には座れない。
これは、今の社会をそのまま反転させた架空の話です。あえて居心地の悪い設定にしました。なぜなら、立場を逆にしたときに初めて見えるものがあると思うからです。
第1章 「君は優秀だ。でも管理職には向いていない」
佐伯さんの実績は高く評価しています。ただ、今回の管理職登用は見送ることになりました。
……理由を聞いてもいいですか?
今後の経営には、マイノリティへの当事者感覚がこれまで以上に重要になります。あくまで総合的な判断です。
それって、僕に障害がないからですか?
いえ。属性で判断しているわけではありません。
でも、この会社で障害のない社員が管理職になった例は、過去10年で一度もありませんよね。
「健常者だから管理職には向かない」と言われたら理不尽に感じるのに、「全盲だからマネジメントは難しい」は、なぜか“現実的な判断”として受け入れられてしまうことがあります。この物語は、その向きをあえて逆転させます。
営業企画の佐伯は38歳。障害はない。大型案件を何度も成功させ、後輩の育成も得意でした。誰が見ても次のマネージャー候補でした。
ところが面談で人事部長は言う。「佐伯さんの実績は高く評価しています。ただ、今期の管理職登用は見送ります」。理由を聞くと、「多様な利用者への想像力」「経営判断に必要な当事者感覚」「インクルーシブな意思決定への適性」という言葉が返ってきました。
佐伯は聞きました。「それは、僕に障害がないことと関係がありますか」。人事部長は一拍置き、「属性で判断しているわけではありません」と答えました。
でも、佐伯は知っていました。過去10年、障害のない社員が管理職になった例はゼロでした。社内では「健常者には当事者感覚がないから仕方ない」という言葉が冗談のように交わされる。本人には直接言いません。言えば問題になるからです。
この場面を書きながら、僕は現実の障害者雇用を思います。表向きは「能力で評価する」と言いながら、重要な仕事が回ってこない。管理職候補として育てられない。障害を理由にしているとは誰も言いません。でも、結果だけを見ると同じ属性の人が同じ場所で止まっています。そんなことはないだろうか。
第2章 全盲の上司と働くために、健常者社員が覚えたこと
佐伯さん。この資料、どうして画像に代替テキストが入っていないんですか?
すみません……。でも会議には見える社員も多いので、画像を見れば分かるかと思いまして。
いや、それは理由にならないでしょう。会社で使う資料ですよ?
スクリーンリーダーで読める。キーボードだけで操作できる。画像には説明がある。色だけで情報を区別しない。そんなことは、この会社では常識です。
僕はずっと視覚で資料を確認してきたので……。
それを言い訳にしないでください。「自分は見えるから知りませんでした」で済ませていたら、仕事になりませんよ。
ちょっと厳しすぎる上司だな、と思いましたか? では現実の職場で全盲の社員が「このシステムはスクリーンリーダーでは使えません」と伝えた時、「そこまで考えていなかった」「他の人は使えている」と返されたら、どうでしょう。
黒田のチームでは、会議資料に「右の図を見てください」と書くのは禁止でした。禁止といっても罰則があるわけではありません。「右の図だけで伝えると、上司が判断できないから」という実務上の理由です。
グラフなら「売上は4月の1.2億円から8月の1.8億円まで増加。特に7月から8月の伸びが大きい」と要点を書きます。赤字なら「赤字」と文字でも示す。チャットでスクリーンショットを送るときは、一行でいいから何の画像か説明する。会議で突然ホワイトボードに書き始めたら、書いた人が口頭で読み上げる。
最初、健常者社員の中には「そこまで合わせるのか」と不満を持つ人もいました。ところが半年後、意外なことが起きます。会議が短くなりました。資料の要点が明確になりました。色だけに頼らない表は、色覚特性のある社員にも見やすかったです。画像の説明は、移動中に音声で資料を聞く社員にも役立ちました。
アクセシビリティは、特定の人のための“追加作業”だと思われやすい。でも、情報の意味を言語化する作業は、組織全体のコミュニケーション品質を上げることがあります。ここは架空の会社ですが、この部分は現実でも十分に起こり得ます。
第3章 しかし、善意の会社にも歪みが生まれました
佐伯さん、この点字文書、読みました?
一応、墨字の文章を点字変換ソフトにかけたんですが……。
変換しただけですよね。分かち書きができていません。これでは読みにくいです。
すみません。僕、普段は墨字しか使わないので……。
えっ。社会人ですよね? 点字を使わない人でも、最低限の分かち書きくらい知っているのが普通だと思っていました。
学校で習わなかったの?
……習っていません。
現実の社会では、視覚中心の“常識”を知らない視覚障害者が説明を求められることがあります。「このアイコン、普通は分かるでしょう」「画面を見ればすぐです」。それを、点字側に反転させてみました。
リバース社がこの制度を始めた理由は、過去の失敗でした。かつて経営陣は全員が障害のない人で、視覚障害者向けアプリを作りました。音声読み上げに対応していると宣伝したが、肝心の購入ボタンにラベルがなく、全盲ユーザーは決済できませんでした。車いす利用者向け店舗検索では、入口の段差情報がありませんでした。
「当事者が決定権を持たなければ、最後の最後で優先順位が落ちる」。その反省から、会社は極端な制度に振り切りました。
結果、製品は大きく改善しました。障害のある顧客から支持されました。ところが数年後、別の問題が起きました。今度は障害のない社員が「自分は最初から経営に参加できない」と感じ始めたのです。
ここが、この物語で一番書きたかったところです。差別は、誰がするかで正当化されるものではありません。過去に排除された側が権力を持てば、自動的に公平になるわけでもない。必要なのは、当事者が意思決定に入ることと、属性だけで意思決定の資格を固定しないこと。その二つを同時に実現する仕組みだと思います。
第4章 「配慮できない人」ではなく「学ぶ機会がなかった人」
会議資料について、視覚的な図表も併用していただけないでしょうか。僕は音声だけより、図を見た方が理解しやすいです。
業務上の必要性について、もう少し具体的に説明していただけますか?
図を見た方が分かりやすいって……普通じゃないんですか?
仕方ないよ。この会社の標準は音声とテキストだから。必要なら申請しないと。
僕が今まで「標準」だと思っていたものは、ただ多数派向けに作られていただけなのか……。
佐伯は、全盲の黒田と衝突しました。新サービスの企画会議で、佐伯が「多数派のお客様に合わせて先にリリースし、アクセシビリティは次期対応でもいいのでは」と提案したからです。黒田は即座に却下しました。
会議後、佐伯は不満をぶつけます。「僕たちは何を言っても、“障害がないから分からない”で終わるんですか」。
黒田は黙りました。そして翌週、二人でユーザーテストに参加しました。全盲、弱視、聴覚障害、肢体障害、認知特性の異なる利用者が、試作品を使う。佐伯はそこで初めて、自分が“アクセシビリティ対応済み”と思っていた画面が、利用者によってまったく違う壁になることを知ります。
一方で黒田も気づきます。佐伯は配慮を軽視していたのではありません。知らなかったのです。評価制度の中で学ぶ機会も、当事者と一緒に作る経験も与えられていませんでした。
「知らないこと」と「知ろうとしないこと」は違います。組織が人を育てず、属性だけで“分かる人”“分からない人”に分類すると、対話が止まります。
第5章 現実のデータを、この架空世界に重ねてみる
新システムは、アクセシビリティ対応もした方がいいと思います。
ん? アクセシビリティ“対応”って何ですか?
音声読み上げでも操作できるように……。
使えるのが普通でしょう。使えないものを納品するつもりだったんですか?
マウスでは問題なく操作できます。
それは動作確認になっていません。キーボードと読み上げでも確認してください。
今回は特別に、画面を見ながら操作したい社員向けのGUIも用意しています。
ありがとうございます。助かります。……あれ?
2025年6月時点の日本では、民間企業で雇用される障害者数は70万4,610人、実雇用率は2.41%で過去最高水準になりました。一方、法定雇用率2.5%を達成した企業の割合は46.0%でした。雇用の入口は広がっているが、「何人雇ったか」だけでは、その人がどんな仕事を任され、どこまで昇進できるかは見えてきません。
海外研究では、障害のある管理職が存在していても、さらに上の昇進や組織内で期待される役割に壁が残ることを“glass partitions”という表現で論じた研究があります。また、全盲・弱視の従業員の職場参加について、合理的配慮だけでなく社会的なつながりや支援の不足が排除につながるという研究もあります。
つまり「採用した」だけでは終わりません。仕事を任せます。評価する。育成する。管理職候補にする。意思決定に参加してもらう。ここまでつながって初めて、雇用はキャリアになります。
第6章 健常者社員の反乱
僕たちは何を言っても、「障害がないから分からない」で終わるんですか?
……。
僕に分からないことがあるのは事実です。でも、学ぶ機会まで閉ざされたら、永遠に「分からない人」のままです。
それは、僕が昔言われた「全盲だから管理職は難しい」と、何が違うんだろう……。
ある日、社内掲示板に匿名投稿が上がりました。タイトルは「私たちにも経営をさせてください」。
投稿者は書きました。障害のある経営陣を尊敬していること。会社の理念にも共感していること。そのうえで、自分がどれだけ努力しても管理職になれない現実は受け入れられない、と。
投稿には一晩で800件のリアクションがつきました。賛成だけではありません。「今まで障害者が味わってきたことを少し経験しただけでは」という返信もありました。「歴史的な格差を無視して同じに扱うのは公平ではない」という意見もありました。
黒田は投稿を読み、胸が痛みました。自分も以前の会社で、重要案件から外された経験があります。「出張が多いから難しいよね」「マネジメントは周囲を見る力が必要だから」と、もっともらしい理由を何度も聞きました。だからこそ、リバース社を守りたいと強く思っていました。
しかし、自分が傷ついた仕組みを、向きを変えて再生産していないか。そこから経営会議は三日間続きました。
第7章 会社が選んだのは「障害者だけの経営」ではありませんでした
僕は間違っていました。
何がですか?
昔、僕は「全盲だから周囲が見えない」「管理職は難しい」と言われました。悔しかった。なのに今、僕は「見える人には分からない」と言って、君を経営から外している。
でも、僕に分からないことが多かったのも事実です。
それなら、学べる仕組みを作ればいい。最初から席を与えない理由にはなりません。
僕も、「アクセシビリティは誰かが後で対応するもの」だと思っていました。これから学びます。
最終的にリバース社は制度を変えました。管理職を障害者だけに限定する慣行を廃止する。その代わり、すべての管理職候補に「アクセシビリティと包摂的意思決定」の実践要件を課した。
当事者ユーザーとの共同開発経験。アクセシブルな文書作成。合理的配慮の調整。複数の障害特性を前提にした危機対応。自分が知らないことを認め、当事者に聞き、改善する力。これらを管理職の必須能力にしました。
さらに、重要な製品・人事・施設の意思決定には、障害当事者を含むレビューを必須にした。つまり「障害がある人だけが決める」から、「障害のある人が決定から外されない」に変えました。
佐伯は翌年、マネージャーになりました。黒田の部下としてではなく、黒田と同じ会議で議論する立場になりました。二人は相変わらず意見が合いません。でも、属性ではなく提案の中身で喧嘩できるようになりました。
よーすけ的まとめ 立場を逆転すると、見えるもの
健常者が点字を知らなくてもいいように、全盲の人が視覚文化のすべてを知っている必要もありません。
必要なのは、「多数派の常識を知らない人がおかしい」と決めないこと。そして仕事に必要なら、誰でも学べる仕組みを作ることです。
「分からないから任せない」ではなく、「分からないから一緒に考える」。僕は、そんな会社が増えたらいいと思っています。
僕が本当に欲しいのは、障害者が健常者より上に立つ世界ではありません。障害がある人が、最初から「管理職は難しい」「この仕事は無理」と決められない世界です。
もし「健常者だから経営判断は無理」と言われたら、多くの人は理不尽だと感じるはずです。では、「全盲だからマネジメントは難しい」はなぜ自然に聞こえてしまうのか。そこを一度、立場を逆にして考えてみたいと思いました。
障害当事者が意思決定の場にいることは重要です。WHOも障害に関する意思決定で障害当事者を含めることを方針として掲げています。ただし、当事者性は万能の資格ではありません。全盲の僕にも、聴覚障害や車いす利用者の経験はそのままでは分かりません。だから聞きます。試す。一緒に作ります。
「分からないから任せない」ではなく、「分からないから一緒に考える」。そんな会社が増えたらいいと思います。これは架空の物語だけれど、明日の会議資料の作り方からでも始められる話だと思っています。
実務に持ち帰れる5つの問い
1. 障害のある社員に、採用時の仕事だけでなく次の役割を提示できているか。
2. 管理職要件に、アクセシビリティや合理的配慮を“福祉知識”ではなくマネジメント能力として入れているか。
3. 「本人が希望していないはず」と推測して昇進候補から外していないか。
4. 会議・資料・評価面談がスクリーンリーダー等でアクセスできるか。
5. 当事者を意見聴取の対象にするだけでなく、決定権を持つ役割に置いているか。
この五つは、障害者だけを優遇するための問いではありません。評価の透明性と、管理職に必要な能力を言語化する問いでもあります。
さらに深掘りして考える
深掘り1 全盲の上司に「配慮する」のではなく、仕事の設計を変えます
全盲の上司と働くと聞くと、まず「部下が資料を読んであげるのか」「移動を手伝うのか」と考える人がいるかもしれません。でも、僕が会社員として働いてきた経験からすると、毎回誰かが代読する仕組みは長続きしにくいです。上司が自分のタイミングで情報にアクセスできないからです。メール、Word、Excel、チャット、社内システムがスクリーンリーダーで使えれば、本人が自分で読めます。逆に、画像化されたPDF、マウス操作しかできないシステム、色だけで意味を示す表は、部下の善意がなければ情報が止まります。
リバース社では、新しいシステムを導入する前に、障害のある管理職自身が操作テストに参加する。これは“上司への特別サービス”ではありません。意思決定者が情報に直接アクセスできることは、ガバナンスの問題だからです。もし社長だけが読めない取締役会資料を毎回秘書に読んでもらっていたら、多くの会社は情報管理上のリスクだと考えるだろう。全盲の管理職でも同じです。
そして、会議の進め方も変わります。誰かが「ここ」「これ」「さっきの赤いやつ」と言ったら、別の人が「売上推移グラフの7月部分ですね」と補う。最初は面倒でも、何を指しているのかが言葉になる。オンライン会議で画面を見ていない人、議事録だけ読む人にも伝わります。配慮を“手助け”として考えると負担感が出るが、情報設計として考えると組織の標準になる。
深掘り2 昇進の壁は、求人票には書かれない
採用差別なら、まだ入口で気づきやすい。しかしキャリアの壁はもっと見えにくい。「今回は経験を積んでから」「管理職は出張が多い」「チーム全体を見る必要がある」「本人も負担が大きいだろう」。一つ一つはもっともらしい。問題は、その説明が障害のある人にだけ繰り返され、代わりに経験を積む機会が与えられない時です。
たとえば出張が課題なら、出張のどの部分が難しいのかを分解すればいい。移動なら同行援護や現地支援、オンライン参加、タクシー利用などがあります。資料確認ならアクセシブルな形式にする。初めての会場なら事前に動線を共有する。課題を分解せず「出張があるから無理」で終えると、本人は出張経験を得られず、翌年も「経験がないから管理職は難しい」となる。
架空のリバース社では、この構造を健常者側に置いた。健常者社員には当事者ユーザーとの共同開発経験がない。ところが、その経験を積めるプロジェクトにも選ばれない。そして数年後、「当事者視点の経験が足りない」と昇進を見送られる。読んでいて理不尽に感じるなら、現実の職場でも同じ循環が起きていないか見てほしいです。
深掘り3 当事者が経営にいる意味は、それでも大きい
ここまで属性で管理職を限定する危うさを書いたが、だからといって「属性は一切見なくていい」と言いたいわけでもない。障害のある人が意思決定の場にいない組織では、アクセシビリティが“余裕があればやるもの”になりやすい。予算が厳しくなった時、納期が迫った時、優先順位が落ちる。実際に使えない痛みを知る人が決定権を持っていることには意味があります。
大切なのは、当事者を会議に一人呼んで意見を聞いて終わりにしないことです。「参考意見を聞かせてください」と言われても、最後の予算配分やリリース判断に参加できなければ、意見は簡単に消える。企画、予算、採用、評価、製品承認など、本当に決まる場所に当事者がいる必要があります。
一方で、一人の全盲者が視覚障害者全員を代表するわけではありません。先天盲と中途失明、弱視、視野狭窄、盲導犬利用、白杖利用でも経験は違います。だから“当事者を一人置く”より、複数の利用者と継続的につながる仕組みを持つ方が強い。
深掘り4 管理職に必要な「アクセシビリティ能力」を評価項目にする
僕なら、未来の会社では管理職試験にこんな課題を入れたい。スクリーンリーダー利用者を含むチームに新しい勤怠システムを導入する。弱視社員から会議室の照明について相談が来る。聴覚障害社員と全盲社員が同じ研修に参加する。あなたなら誰に何を確認し、どの順番で対応するか。
正解を暗記する試験ではありません。「本人に確認する」「業務上の目的を整理する」「複数の選択肢を出す」「安全や情報セキュリティも含めて調整する」という思考過程を見る。障害の知識を全部知っている管理職などいない。必要なのは、分からない時に勝手に決めない力です。
これなら健常者も障害者も同じ基準で評価できます。障害当事者だから自動的に合格ではないし、障害がないから不合格でもない。属性ではなく、包摂的な組織を運営する能力を問う。リバース社が最後にたどり着いたのは、そんな制度でした。
深掘り5 読者の職場で明日できること
まず、障害のある社員がいるかどうかに関係なく、重要な社内文書をキーボードだけで読めるか確認してみてほしいです。次に、人事評価の項目を見て、「周囲を見る力」「コミュニケーション力」のような曖昧な言葉が、視覚や聴覚など特定の身体能力と無意識に結び付いていないかを見る。三つ目に、管理職候補者を選ぶ会議で「本人には難しいだろう」という推測が出たら、「本人に聞いたか」「難しいのは業務のどの工程か」と問い直す。
障害者雇用の議論は、雇用率の数字だけだと“何人採るか”で終わりやすい。けれど働く本人にとっては、入社後の20年、30年の方が長い。仕事を任されるか。失敗する権利があるか。評価されるか。部下を持てるか。経営会議に行けるか。そこまで含めて「働く」を考えたいです。
深掘り6 「合理的配慮」と「仕事を任せること」はセット
合理的配慮という言葉が、仕事を軽くすることと混同されることがあります。けれど本来は、本人が仕事を遂行できるよう障壁を調整する考え方です。画面を読めないから業務を外すのではなく、読める形式にする。移動が難しいから会議から外すのではなく、参加方法を調整する。重要なのは、配慮した結果として責任ある仕事から遠ざけないことです。
リバース社では逆に、健常者社員に「マイノリティへの感覚が弱いから」と重要な顧客案件を任せない時期がありました。すると経験差はますます広がった。機会を与えないことが、後から“能力差”に見えてしまう。これは現実の組織でも注意したいです。
もう一歩考える 健常者社員から見た「合理的配慮」
物語の後半、佐伯は黒田にこう言う。「僕たちにも配慮が必要なんじゃないですか」。黒田は最初、少し反発する。多数派である健常者が何を言っているんだ、と思ったからです。しかし話を聞くと、佐伯が求めていたのは障害に関する配慮ではなく、評価理由の透明性でした。
自分がなぜ昇進できないのか。何を身につければ次に進めるのか。属性ではなく行動で説明してほしいです。これは誰にとっても必要なことです。障害者雇用でも、「配慮しているから評価は低くても仕方ない」「仕事を減らしているから昇進は難しい」と曖昧に扱われると、本人は改善のしようがない。
良い評価制度は、できていることと次に必要なことを具体的にする。たとえば「マネジメント経験が足りない」なら、5人のプロジェクトリーダーを半年担当する。「顧客折衝経験が足りない」なら、支援手段を整えたうえで商談に参加する。必要な経験への入口まで閉じないことが重要です。
この架空話を研修で使うなら
企業研修では、参加者を二つのグループに分けても面白い。一方はリバース社の経営陣として「なぜ障害者だけを管理職にする制度を守るのか」を考えます。もう一方は健常者社員として「何が不公平なのか」を考えます。その後、現実の障害者雇用に置き換える。
立場を逆転した物語には、正解を押し付けずに違和感を共有できる利点があります。「障害者を管理職にすべき」と正面から言われると、自社には難しい理由を探し始める人もいます。でも「自分が属性だけで管理職候補から外されたら」と考えると、評価基準の曖昧さが自分事になる。
僕は、障害者雇用の話を“優しさ”だけで終わらせたくありません。組織の人材戦略として考えたいです。誰にどんな経験を積ませ、どのように意思決定者を育てるのか。その中に障害のある社員が普通に入っている会社が、結局は強いのではないかと思います。
最後に、空想を現実へ戻す
こうした未来の話を書く意味は、「いつか技術が全部解決してくれる」と待つことではありません。むしろ逆で、理想の一日を具体的に描くと、今どこが欠けているのかが見えやすくなる。制度なのか、情報なのか、設備なのか、人の思い込みなのか。問題を分けられれば、すぐ変えられる部分と、研究や投資が必要な部分も分かります。
With Blindとして大切にしたいのは、障害のある人を“便利にしてもらう側”だけに置かないことです。当事者自身が、こんな会社がいい、こんな店なら行きたい、こんな街なら暮らしたいと要求していい。そして企業や行政、研究者、支援者と一緒に試していく。完成品を受け取るのではなく、設計の最初から参加します。
読者の皆さんにも、ぜひ一度「今ある制約を全部外せたら、どうしたいか」から考えてみてほしいです。現実的かどうかは、その後でいい。空想は逃避ではなく、今の当たり前を疑うための道具になる。そこから一つでも現実の改善につながれば、この架空の物語を書いた意味があります。
この記事のポイントは、障害者を上に置くことではありません。属性でキャリアを決める仕組みを反転してみることで、現実にある「見えにくい昇進の壁」を自分事として考えることです。
参考にした現実の資料・研究
この記事の物語は架空ですが、背景にある課題や技術は現実の資料・研究を確認して書いています。公開時点での制度やサービスは変更される場合がありますので、実際に利用する際は必ず公式情報をご確認ください。
- 厚生労働省「令和7年 障害者雇用状況の集計結果」
- Roulstone & Williams, Being disabled, being a manager
- Naraine & Lindsay, Social inclusion of employees who are blind or low vision
- WHO policy on disability
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With Blindより
「こうだったらいいのにな」を具体的に言葉にすると、今ある不便がどこから生まれているのかが見えやすくなります。空想で終わらせず、現実の制度、技術、サービスへ少しずつつなげていきたいと思います。
※この記事内の人物・企業・都市・施設は架空です。図解・イラストは記事内容の理解補助として作成したオリジナルです。制度・研究・現行サービスに関する記述は記事末の参考資料をご確認ください。


