「新しい職場で、何をどこまで頼んでよいのか分からない」「仕事が遅いと思われている気がする」「相談したいのに、うまく言葉にできない」。視覚障害のある人が職場で感じる“うまくいかなさ”は、本人の能力や努力だけが原因とは限りません。業務の指示、資料の形式、社内システム、移動環境、コミュニケーション、体調など、複数の条件が重なって起きることがあります。
この記事の出発点は、全盲の筆者が4月から新しい職場で働き始めた時の経験です。不安と緊張の1か月を何とか乗り切るため、周囲の様子を知り、挨拶から関係をつくり、焦らず試行錯誤しました。ただし、2026年のいま改めて考えると、「本人が明るく振る舞い、頑張れば解決する」という話だけでは不十分です。仕事の仕組みを変えること、必要な配慮を具体的に相談すること、社外の支援者を頼ることも、同じくらい大切です。
この記事では、実体験を起点に、「困りごとの切り分け→記録→相談→試行→見直し」という再現可能な手順に落とし込みます。本人だけでなく、上司、人事、同僚、支援者にも役立つ形を目指しました。
新しい職場の最初の1か月――見えない状況で、何から始めたか
筆者は転職と異動の両方を経験しています。新しい環境では、誰がどこに座り、どのタイミングなら話しかけやすく、通路のどこに障害物があり、会議や休憩がどんなリズムで進むのかを、初日からすべて把握することはできません。見える人なら一目で得られる情報も、音、会話、実際の移動、周囲からの説明を組み合わせて少しずつ地図にしていきます。
そこで最初にしたのは、席に着いて深呼吸し、急いで“完璧な新人”になろうとしないことでした。そして、挨拶を入口にして、質問できる相手と時間帯を探りました。以前の記事で、ゆーなは「見える・見えないに関係なく、新しい環境は緊張と不安でいっぱい。だからこそ、気持ちを落ち着けるために深呼吸は大切」と話しています。この短い言葉は、問題解決の前に心身を落ち着ける必要性をよく表しています。
一方で、筆者は当初「周囲に怪しまれないように自分から行動しなければ」と考えていました。よーすけは過去の記事で、「自分から疑いをほどく行動も大切。ただし、頑張りすぎないで」と補足しています。ここで忘れてはいけないのは、障害のある本人だけが場の不安を解消する責任を負うわけではないことです。職場側にも、紹介、座席案内、相談窓口の明示、業務手順の共有など、安心して働ける環境を整える役割があります。
まず「うまくいかない」を4つに分ける
「つらい」「仕事ができない」と大きな言葉で捉えると、次の行動が見えにくくなります。紙やメモアプリに、次の4領域を書き出してください。複数にまたがっていても構いません。
| 領域 | 確認すること | 例 |
|---|---|---|
| 業務 | 目的、期限、優先順位、完成条件が共有されているか | 「なるべく早く」が何時までか分からない |
| 環境・情報 | 資料、社内システム、会議、移動が支援技術で利用できるか | 画像だけのPDFを読み上げられない |
| 関係・体制 | 質問相手、相談経路、定期面談が決まっているか | 誰に確認すべきか分からず作業が止まる |
| 体調・負荷 | 通勤、眼精疲労、音声聴取、緊張の負荷が続いていないか | 午後になると読み上げ音声を聞き取りにくい |
この切り分けの利点は、「自分の努力不足」から「調整できる条件」へ視点を移せることです。たとえば作業が遅い場合も、操作練習が必要なのか、資料がアクセシブルでないのか、指示が曖昧なのか、同時に複数の口頭指示を受けているのかで、解決策は変わります。
困りごとは「事実・影響・希望」の3点で記録する
相談前に、1〜2週間だけ簡単な記録を取ると話し合いが具体的になります。感情を消す必要はありませんが、感情だけでなく再現できる事実を添えます。
- 事実:いつ、どの作業で、何が起きたか
- 影響:時間、品質、安全、体調、周囲の業務にどう影響したか
- 希望:どの方法を、いつまで試したいか
例は次の通りです。「月曜の定例会議で、画面共有だけで示された表の数値を確認できませんでした(事実)。その場で判断できず、会議後に同僚へ再確認する時間が20分かかりました(影響)。会議資料を前日までにExcelまたはテキスト付きPDFで共有し、難しい場合は重要数値を読み上げる方法を2週間試したいです(希望)」。
この形なら、相手を責めずに業務上の課題を共有できます。「いつも」「全然」「普通は」といった言葉を減らし、日時や作業名を入れるのがコツです。
上司へ相談する時のテンプレート
相談は、困りごとが限界になる前に行うほうが選択肢を増やせます。口頭で伝えにくければ、短いメールで面談を依頼して構いません。
〇〇業務の進め方について、15分ほど相談したいです。現在、△△の場面で□□が確認できず、作業に約20分の追加時間がかかっています。A案(事前にデータ共有)かB案(担当者による要点の言語化)を2週間試し、結果を一緒に確認できないでしょうか。私も操作手順を整理します。都合のよい時間を教えてください。
ポイントは、診断名の詳しい説明から始めるのではなく、仕事への影響と実行可能な案を中心にすることです。同時に、自分でできる工夫も示すと、役割分担を話しやすくなります。ただし、すべての代替策を本人が考え抜いてから相談する必要はありません。「選択肢を一緒に検討したい」も、十分に具体的な希望です。
同僚へのお願いは短く、終わりを伝える
日々の小さな支援は、短い言葉で頼むと双方の負担を減らせます。「これお願いします」だけでなく、範囲と終了条件を伝えます。
- 「今から30秒だけ、画面に出た警告文を読み上げてもらえますか」
- 「会議室まで最初の1回だけ経路を確認したいです。私が腕を持つ形で案内をお願いできますか」
- 「“あそこ”ではなく、“右手前の青い保存ボタン”のように場所と言葉で教えてください」
- 「このPDFをテキスト付きで再出力できるか、作成元へ確認してもらえますか」
助けてもらった後は「何ができるようになったか」を返すと、支援が業務成果につながったことが伝わります。毎回同じ支援が必要なら、個人の善意に頼り続けず、上司と標準手順にできないか相談しましょう。
合理的配慮は「一度決めて終わり」ではない
雇用分野では、障害者差別の禁止と合理的配慮の提供義務が定められています。実際の配慮は、本人の状況、業務、職場の負担を踏まえて対話しながら決めるものです。配置換え、担当変更、システム更新、視力や体調の変化があれば、以前の方法が合わなくなることもあります。
厚生労働省が公表する都道府県労働局・ハローワークでの法施行状況でも、合理的配慮に関する相談が扱われています。制度名だけを盾にして結論を迫るより、「業務上どこで困り、どの案なら実行できるか」を双方で確認し、試行期間と見直し日を決めることが実務的です。合意した内容は、簡単なメールや議事メモで残してください。
うまくいかない時の2週間改善サイクル
- 1〜3日目:困りごとを4領域に分け、事実・影響・希望を記録する
- 4日目:最も影響が大きい課題を1つ選び、上司へ15分の相談を依頼する
- 5日目:本人側と職場側の対応、試行期間、確認日を決める
- 6〜12日目:実施し、時間・ミス・疲労・安全性の変化を記録する
- 13〜14日目:続ける、修正する、別案へ変えるのいずれかを決める
一度にすべて直そうとすると、本人も職場も疲れます。最優先の1件から始め、改善したら次へ進みます。評価は「気持ちが楽になった」だけでなく、作業時間、確認回数、差し戻し、安全面などでも見ます。
ケース例:画像だけの手順書で作業が止まったら
ここからは手順を理解するための架空のケースです。スクリーンリーダーを使うAさんは、社内システムの操作手順がスクリーンショットだけで作られていたため、ボタン名と操作順を確認できませんでした。Aさんは当初、同僚へ毎回質問し、「自分は仕事が遅い」と感じていました。
Aさんが記録すると、同じ質問が週に4回、合計約60分発生していると分かりました。面談で「見出し付きのテキスト手順を作り、画像には代替テキストを付ける」「最初の1回だけ同僚と音声操作を確認する」という案を提案。2週間後、質問回数は減り、手順書は新人教育にも使えるようになりました。
この例の要点は、配慮を“特別扱い”ではなく、情報設計と業務改善として考えたことです。アクセシブルな文書は、視覚障害者だけでなく、検索したい人、後から復習したい人、在宅勤務者にも役立つ場合があります。
人間関係が難しい時に、自分だけを責めない
過去の記事では「自分の話ばかりにせず、相手にも関心を持つ」「悩みだけでなく、話題のバランスを大切にする」と書きました。これは関係づくりのヒントですが、いつも明るく面白く振る舞う義務があるわけではありません。冷たい反応、無視、からかい、必要な情報の意図的な不共有まで、本人の会話術で解決しようとしないでください。
まず日時、場所、発言、同席者、業務への影響を事実として記録します。直属上司が相談相手にならない場合は、人事、コンプライアンス窓口、産業保健スタッフ、労働組合など、別の経路を確認します。心身の安全に関わる時は、無理に対話を続けず、医療機関や外部相談先も利用してください。
社内だけで解決しない時に使える外部支援
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)の地域障害者職業センターでは、在職者も対象にジョブコーチ支援を行っています。ジョブコーチは本人だけでなく、事業主や同僚にも助言し、必要に応じて職務の再設計や職場環境の改善を提案します。標準的な支援期間は2〜4か月で、本人と事業主の相談・同意をもとに支援計画を作ると案内されています。
相談先へ連絡する時は、雇用形態、仕事内容、困りごと、すでに試したこと、会社側の窓口、希望する支援を1枚にまとめると話が進みやすくなります。制度や窓口は変わる可能性があるため、利用時は各公式サイトで最新情報を確認してください。
上司・同僚ができること
- 指示は目的、期限、優先順位、完成例を言葉とテキストで伝える
- 「何か困っている?」ではなく、「資料・システム・会議・移動のうち、どこを調整すると進めやすい?」と具体的に聞く
- 本人の前で決めた配慮を、関係者間の手順として共有する
- 月1回など見直し日を決め、業務変更時には再確認する
- 本人の同意なく障害や配慮情報を広く共有しない
配慮の相談は「できる/できない」の一問一答ではありません。希望どおりが難しい時も、目的を確認すれば別の方法が見つかることがあります。たとえば紙資料を完全に廃止できなくても、会議の要点だけ事前にテキストで渡す、読み上げ担当を決める、といった代替案を検討できます。
よくある質問
配慮を頼むと評価が下がりそうで怖いです
不安は自然です。まずは「仕事の品質・時間・安全をどう改善するか」という業務の言葉で、小さな試行を提案してください。面談内容を残し、必要なら支援者に相談します。
何を頼めばよいか自分でも分かりません
最初から答えを持つ必要はありません。困る場面を記録し、「選択肢を一緒に考えたい」と伝えましょう。ジョブコーチなど第三者の視点も利用できます。
同僚に何度も頼むのが申し訳ないです
繰り返す支援ほど、個人の好意ではなく手順にします。誰が担当しても実施できるように、資料形式や声かけ方法をチームで共有すると負担が偏りにくくなります。
すぐ退職を考えるべきでしょうか
安全や健康が損なわれている場合は距離を取る判断も重要です。一方、調整可能な問題なら、記録、相談、試行、外部支援の順で選択肢を確認できます。退職・休職など大きな判断は、支援者や医療・労務の専門家にも相談してください。
まとめ――「頑張る」から「一緒に仕組みを整える」へ
新しい職場で不安だった筆者は、深呼吸をし、周囲を知り、挨拶と会話から関係をつくりました。その経験はいまも大切です。しかし、視覚障害者が職場でうまく働くために必要なのは、本人の前向きさだけではありません。アクセシブルな情報、明確な指示、相談できる体制、合理的配慮の見直し、外部支援という仕組みが必要です。
今日できる最初の一歩は、困りごとを1件だけ「事実・影響・希望」で書くことです。そして15分の相談を申し込み、2週間試し、結果を見直してください。うまくいかないことは、あなたの価値の証明ではなく、働き方の条件を調整するための手がかりです。


