架空の会社「リバース社」では、視覚障害のある社員が会議資料を読むため、資料を二日前までに点字や読み上げ対応のデータで受け取るのが当たり前です。
その一方で、見える社員には「画面に出せば読めるでしょう」と、事前資料を渡さない慣行がありました。
今回の舞台は、新商品の価格を決める企画会議です。佐伯は、資料がないまま会議室に入りました。
この記事で描く場面
会議資料を事前にもらえなかった佐伯が、注記を読み落として価格案を誤る。本人の能力ではなく、「見える人ならその場で読める」という決めつけが、発言の機会を奪っていた。
伝えたいこと:見えるかどうかで準備時間の必要性を決めず、資料は全員に事前共有する。情報を受け取る条件を、本人に聞いて整える。
資料は、会議が始まってから渡された
会議の二日前。黒田のもとには点字資料が届いていました。画面読み上げを使う同僚にも、表の見出しを整理したデータが共有されています。佐伯の受信箱には、何もありません。
佐伯「明日の価格会議の資料は、いつごろ共有されますか。原価の内訳を確認して、案を準備したいです」
松岡「佐伯さんは見えるから、会議で画面を見れば大丈夫ですよ。点字の準備は時間がかかるので、先に渡しています」
松岡に悪意はありません。リバース社では、見える人は画面を見ればすぐ内容をつかめる、と考えられていました。佐伯は「見えること」と「初見の表や注記をその場で読み解くこと」は別だと感じていました。
佐伯「見えます。でも、細かい数字や脚注を確認する時間は必要です。資料を先にもらうのは、特別扱いではなく、準備して会議に参加するためです」
返事は「検討します」でした。会議当日、資料が共有されたのは開始直前。佐伯は画面を追いながら、他の人の発言も聞き、意見を求められます。
読み落としは、能力の評価に変わった
議題は、新商品の販売価格でした。佐伯は原価表の数字を見て、値下げ案を支持します。しかし脚注には、初年度だけ発生する保守費が記載されていました。資料を十分に読む前に、結論を求められたのです。
黒田「佐伯さんは値下げに賛成なんですね。保守費を入れても利益は残る、という理解で合っていますか」
佐伯「すみません。脚注を今見つけました。そこまで確認する時間がありませんでした。資料を先に受け取れていたら、計算し直してから意見を出せました」
佐伯の声は小さくなりました。会議のあと、議事録には「数字の確認が不十分」と残りました。資料を渡さなかった側の判断は、記録に残りません。
松岡「見えているのに、どうして見落としたのかと思っていました。資料を読む時間が足りなかったんですね」
佐伯「見える人なら準備はいらない、と最初から決められていました。私は資料を読めないのではなく、読む機会をもらえなかったんです」
黒田は議事録を見直しました。佐伯の発言だけを評価するのではなく、会議に参加する条件そのものを確かめる必要があると気づきます。
リバース社の「当たり前」を見直す
リバース社では、視覚障害のある社員に資料を先に渡すのは当然です。けれど、見える社員が事前共有を求めると「その場で読める」「説明を聞けば分かる」と返される。多数派の社員だけが、準備の時間を配慮として認められていませんでした。
現実の職場でも、視覚障害のある人が「資料が遅れるのは仕方ない」「口頭で説明すれば十分」と言われることがあります。立場を逆にすると、「見えるならすぐ読める」という決めつけが、どれほど一方的かが見えてきます。
| リバース社の説明 | 会議で起きたこと | 見直す視点 |
|---|---|---|
| 見える人なら当日でよい | 脚注を読む時間がなく、発言を誤った | 見え方でなく、必要な準備時間を聞く |
| 同じ会議に出ているから公平 | 事前に考えられる人と、その場で読む人に分かれた | 参加の条件と発言機会をそろえる |
| 本人の確認不足 | 資料を渡さない手順は検証されなかった | 個人の評価と会議の設計を分ける |
会議資料を事前に受け取る理由は、人によって違います。読み上げソフトで確認する人もいれば、拡大して読みたい人、図表をゆっくり見たい人もいます。必要性を属性だけで推測せず、参加者に同じように確認することが大切です。
黒田が変えたのは、共有の手順だった
黒田「次の会議から、資料は全員に二日前までに共有します。形式で困るところがないかも、各自に確認します」
佐伯「それなら、私も事前に読み込んで、数字の根拠を持って会議に来られます」
松岡「点字資料の準備を基準にしていました。見える人にも準備時間が要ると、手順に書いておきます」
次の会議では、資料が全員に前日までに届きました。佐伯は保守費を含めた試算を用意し、値下げ案の条件を説明できました。議論は価格だけでなく、契約期間やサポート内容にも広がります。
資料を早く共有したことで、点字資料を使う社員も、見える社員も、会議前に考えをまとめられました。変更したのは、誰か一人への特別な対応ではありません。仕事の準備を公平にする手順です。
明日からできる三つのこと
- 資料共有の締切を決める
会議招集時に共有日を明記し、資料が完成していなくても、確定済みの情報を先に共有します。 - 参加者ごとに必要な形式を聞く
「見えるから大丈夫」と決めず、読み上げ、拡大、紙、データなど希望を確認します。 - 変更点は場所と内容を言葉で伝える
ページや表のどこが変わったかを説明し、質問や確認の時間を確保します。
佐伯「資料を先にもらえたから、会議でやっと同じ議論に参加できました」
見える人だけに準備の配慮がない職場を想像すると、「見えるならできるはず」という思い込みが見えてきます。相手が何を必要としているかは、属性で決めず、本人に聞く。会議の前にできる小さな改善です。
登場人物
- 佐伯(企画担当・見える人)
- 黒田(上司・全盲)
- 松岡(会議の進行役・弱視)
参考にした資料
※リバース社、人物、会話は創作です。実在の企業や人物を示すものではありません。
「立場を逆転して考える」シリーズ
いつもの「当たり前」を反対側から眺めると、見えにくかった壁が見えてきます。


