舞台は、視覚障害のある社員が多数を占める架空の会社「リバース社」です。ここでは、見える人が少数派。いつもの職場の「当たり前」を、立場を逆転させて見つめます。
今回のテーマは、勤務時間外の懇親会です。交流の場は楽しいものです。けれど、そこで仕事の情報や機会まで配られたら、「自由参加」という言葉は本当でしょうか。
この記事で描く問題
懇親会を欠席した青木だけが、案件の変更も担当者の募集も知らされませんでした。翌週、情報を知らなかったことまで「意欲不足」と評価されます。
伝えたいこと:親睦の場と、仕事を決める場は分ける。勤務外の集まりに出られるかどうかで、情報・機会・評価に差をつけない。
「自由参加です」と書かれた案内
金曜の午後。営業企画部に、懇親会の案内が届きました。
会場は、音声案内を中心に作られた地下のレストランです。店内は照明が落とされ、席番号も料理名も、イヤホンから流れる案内で確認します。
視覚障害のある社員には使いやすい店でした。一方、見える青木には、暗い店内で音声だけを頼りに移動するのが難しい場所です。
しかも、青木が利用している帰宅支援は午後六時で終わります。その日は、家で父の介護も待っていました。
真鍋課長「今夜、みんなで行きます。もちろん自由参加ですよ」
青木「すみません。今日は参加できません。案件の相談があるなら、勤務時間内にお願いします」
真鍋「大丈夫です。仕事の会議ではありません。親睦だけですから」
青木は安心して帰りました。
ところが、午後八時を過ぎたころ。懇親会の席で、来月始まる大型案件の話が出ました。
取引先が公開日を二週間早めたいと言っている。企画担当を一人増やしたい。誰がよいか。
真鍋「ここにいる人で、やりたい人はいますか」
同僚の高瀬「私、やります」
真鍋「では高瀬さんで。月曜から入ってください」
誰かが「青木さんも、この分野に詳しかったですよね」と言いました。
真鍋「今日は来ていませんから、興味がないのかもしれません。話が早い人で進めましょう」
その場では、担当者だけでなく、締切と提案の方向まで決まりました。
「正式には月曜に共有しよう」と言った人もいました。しかし、記録する人は決まりませんでした。
月曜の朝、青木だけが古い予定で動いていた
月曜の午前九時。青木は、もとの締切に合わせた企画書を開きました。
すると高瀬から、修正済みの資料が届きます。公開日は二週間前倒し。担当欄には、高瀬の名前が追加されていました。
青木「この変更は、いつ決まったのですか」
高瀬「金曜の懇親会です。課長から聞いていませんか」
青木は真鍋に確認しました。
真鍋「懇親会で共有しました。みんな知っていますよ」
青木「懇親会は自由参加でしたよね。変更は、どこに記録されていますか」
真鍋「雑談の流れで決まっただけです。翌日、誰かに聞けばよかったのでは」
青木「誰に、何が変わったかを聞けばよいのかさえ、私は知りませんでした。その『雑談』で、担当と締切が変わっています」
真鍋は言葉に詰まりました。
参加者には、楽しい会話の続きでした。欠席した青木にとっては、仕事の入口が閉じた瞬間でした。
欠席したことが「意欲不足」に変わる
問題は、情報を一度逃したことだけでは終わりませんでした。
一か月後の面談。青木の評価表には、「社内の動きへの反応が遅い」「人間関係づくりに消極的」と書かれていました。
青木「反応が遅れたのは、決定が共有されなかったからです」
真鍋「でも、普段から人の輪に入っていれば、自然に情報は入ります」
青木「勤務時間外の会に出られる人だけを『人の輪』と呼ぶなら、自由参加ではありません。参加できる生活条件まで評価していることになります」
青木の声は静かでした。
懇親会をなくしてほしいわけではありません。参加した人を責めたいわけでもありません。
求めていたのは、仕事の情報を仕事の場所へ戻すことでした。
「みんな知っている」の中に、誰が含まれているか
人事の佐伯は、青木から話を聞き、参加者と欠席者を分けて経緯を確認しました。
すると、同じことが以前にも起きていました。
懇親会で新しい企画が始まる。喫煙所で出張者が決まる。帰りの電車で異動候補が語られる。そして翌朝には、「もう決まったこと」になっている。
佐伯「雑談からアイデアが生まれることはあります。でも、アイデアと決定は別です」
真鍋「その場の勢いを大事にしたかったんです」
佐伯「勢いを残しながら、全員が検討できる場所へ持ち帰ればよいのです。欠席者に情報収集の責任を負わせてはいけません」
| よくある言葉 | 実際に起きること | 公平にする仕組み |
|---|---|---|
| 自由参加です | 欠席すると決定や機会を失う | 任意の場では業務を決定しない |
| 雑談で決まっただけ | 異議を言えない人が生まれる | 公式な場で提案として再確認する |
| 翌日、誰かに聞けばよい | 欠席者だけに探索の負担がかかる | 決定した側が全員へ記録を残す |
| 人脈も仕事のうち | 参加しやすい生活条件が評価される | 役割や機会は公開して募る |
リバース社が決めた、新しい線引き
佐伯は、懇親会を禁止しませんでした。交流は、信頼を育てる大切な時間でもあるからです。
その代わり、仕事上の決定が有効になる条件を決めました。
リバース社の新しいルール
- 任意参加の場では、担当者・期限・評価を決定しない。
- アイデアが出たら、翌営業日に公式チャットへ「提案」として記録する。
- 決定事項には、内容・理由・担当者・期限を明記する。
- 案件や研修の機会は全員へ知らせ、希望を表明する時間を設ける。
- 懇親会への参加回数を、協調性や意欲の評価に使わない。
翌月、また懇親会で新商品の案が出ました。
今度は、その場で担当者を決めませんでした。翌朝、高瀬が公式チャットに提案を書きました。
高瀬「昨夜、音声だけで申し込める新サービス案が出ました。まだ決定ではありません。今日の午後三時まで、意見をください」
青木は顧客調査の結果を添えました。
青木「音声だけでは、聞き取りにくい人が取り残されます。画面と音声を選べる形なら、対象を広げられます」
その意見で企画は修正されました。懇親会で生まれた発想は消えませんでした。むしろ、参加しなかった人の視点が加わり、案は強くなりました。
これは、誰にでも起こりうる
夜の外出が難しい人。育児や介護をしている人。酒席が苦手な人。宗教や体調の事情がある人。交通手段に制約がある人。
参加できない理由はさまざまです。理由を詳しく説明したくない人もいます。
「来られないなら仕方がない」と情報まで遠ざければ、会社は能力ではなく、勤務時間外の自由度で人を選ぶことになります。
立場を逆転すると、その不自然さが見えます。もし多数派だけが参加しやすい会で、少数派の仕事まで決められたら。それは本人の努力では越えられない壁です。
明日からできる三つのこと
- 決定の置き場所を一つにする
会議、チャット、議事録など、全員が確認できる場所を決めます。 - 雑談で出た案は「提案」として戻す
その場で確定せず、関係者が意見を言える時間を作ります。 - 欠席と意欲を結びつけない
評価するのは参加回数ではなく、勤務時間内の行動と成果です。
青木「参加しない自由があるなら、参加しなかったことで仕事の情報を失わない仕組みも必要です」
親睦の場を開くことと、仕事の機会を閉じないこと。その二つは、両立できます。
まずは次の懇親会の案内に、一文を加えてみませんか。
「この場で業務上の決定は行いません。出た提案は、翌営業日に全員へ共有します」
登場人物
- 青木:営業企画担当。見える人。大型案件への参加を希望していた。
- 真鍋:営業企画課長。全盲。悪意なく、懇親会の会話を業務判断にしていた。
- 高瀬:青木の同僚。弱視。後に公式共有の担当になる。
- 佐伯:人事担当。情報と機会の流れを見直す。
参考にした資料
※リバース社、登場人物、会話は、職場で起こりうる課題をもとに再構成した創作です。特定の個人や企業を示すものではありません。
「立場を逆転して考える」シリーズ
いつもの「当たり前」を反対側から眺めると、見えにくかった壁が見えてきます。


