この記事でわかること
障害の「個人モデル(医学モデル)」と「社会モデル」の違いを、視覚障害のある筆者の体験と具体例で解説します。どちらか一方を正解とするのではなく、困りごとを減らすために二つの視点をどう使うかを考えます。
障害は、本人の目や耳、手足などにあるのでしょうか。それとも、段差や制度、周囲の思い込みなど、社会の側にあるのでしょうか。
この問いを考えるときに役立つのが、「個人モデル」と「社会モデル」です。
先に結論をお伝えします。
個人モデルは、本人の心身の状態に注目する考え方です。
社会モデルは、本人の活動を妨げる環境や制度、慣行に注目する考え方です。
同じ困りごとでも、どちらの視点で見るかによって、解決方法が変わります。
個人モデルと社会モデルの違いを比較
| 比較する点 | 個人モデル(医学モデル) | 社会モデル |
|---|---|---|
| 障害を捉える場所 | 本人の心身の機能や状態 | 本人と社会の間にある障壁 |
| 主な問い | 本人は何ができるか。治療や訓練で何を改善できるか | 環境や制度を変えれば、何ができるようになるか |
| 主な対応 | 治療、訓練、補助具、本人への支援 | 段差の解消、情報保障、ルールや働き方の変更 |
| 注意点 | 困りごとを本人だけの責任にしやすい | 本人固有の痛みや希望を見落とす場合がある |
違いを一言で表すなら、「本人を変えることに注目するか」「社会の障壁を変えることに注目するか」です。
個人モデル(医学モデル)とは
個人モデルは、障害による困りごとの原因を、主に本人の心身の機能や健康状態から捉えます。医学モデルと呼ばれることもあります。
- 見えにくさを治療する
- 歩行や日常生活の訓練を受ける
- 白杖や補装具を使う
- 本人の能力に合った支援を考える
この視点は、治療やリハビリ、本人に合う支援を考えるうえで必要です。個人モデルそのものが悪いわけではありません。
個人モデルだけで考えると起きやすいこと
問題は、困りごとのすべてを本人の心身だけで説明してしまうことです。
たとえば、視覚障害のある人が店のメニューを読めないとします。個人モデルだけで考えると、「見えないのだから仕方がない」「自分で店員に聞くしかない」という結論になりがちです。
すると、本人の努力では変えられないことまで、本人の責任として扱われるおそれがあります。
社会モデルとは
社会モデルは、障害による制限が、本人の心身だけで生まれるとは考えません。設備、情報、制度、慣行、周囲の態度などとの関係で生まれると捉えます。
先ほどのメニューの例で考えてみます。
- 文字のメニューしか用意されていない
- ウェブ上にもメニューがない
- 店員へ質問しにくい運用になっている
- 読み上げや点字など、別の方法を選べない
このように整理すると、「見えないこと」だけが問題ではないとわかります。情報を得る方法が一つしかないことも、買い物を難しくしているのです。
点字メニューを置く、ウェブで公開する、店員が内容を説明する。
環境や対応を変えれば、見え方が同じでも、できることは増やせます。
社会モデルの具体例
| 場面 | 本人だけの問題として見る例 | 社会モデルで考える対応 |
|---|---|---|
| 店に段差がある | 車いすだから入れない | スロープや別の入口を用意する |
| 会議資料を読めない | 目が見えないから参加しにくい | 読み上げ可能なデータを事前に共有する |
| 音声案内がわからない | 聞こえないから仕方がない | 文字表示や手話通訳を用意する |
| 決まった時間に通勤しにくい | 本人が職場に合わせる | 時差出勤や在宅勤務を検討する |
社会モデルで考える目的は、誰かを責めることではありません。困りごとを生み出している障壁を見つけ、変えられる部分を増やすことです。
社会モデルと合理的配慮の関係
障害者差別解消法は、障害の社会モデルの考え方を踏まえています。社会の中にあるバリアによって活動が制限されている場合、そのバリアを取り除くために必要な対応を考えます。
これが「合理的配慮」です。2024年4月1日から、民間事業者による合理的配慮の提供も義務化されました。
ただし、決まった対応を一律に行うことではありません。本人と事業者が対話し、負担が重すぎない範囲で、一緒に方法を考えることが大切です。
合理的配慮の例
「すべての資料を点字にする」だけが答えではありません。読み上げ可能なデータ、拡大文字、口頭での説明など、本人が使いやすく、提供側も実施できる方法を対話して選びます。
個人モデルと社会モデルは、どちらが正しい?
どちらか一方だけが正しいわけではありません。二つのモデルは、同じ状況を別の角度から見るための道具です。
白杖の使い方を学ぶことは、本人の力を広げます。一方で、点字ブロックの整備や、わかりやすい案内も必要です。
本人の工夫だけを求めても不十分です。社会の責任だけを語り、本人の希望や経験を置き去りにしても不十分です。
本人ができることを増やす。
同時に、社会にある障壁も減らす。
両方を考えることで、選べる行動や参加の機会が広がります。
私たちにできること
- 本人に聞く
見た目や診断名だけで、必要な支援を決めつけません。 - 障壁を具体的にする
設備、情報、ルール、周囲の態度のうち、何が活動を妨げているかを整理します。 - 一緒に方法を考える
本人と提供側の双方が実行できる方法を、対話しながら探します。
個人モデル・社会モデルについてのよくある質問
個人モデルと医学モデルは同じですか?
同じ意味に近い言葉として使われることがあります。ただし、文献や分野によって定義は異なります。この記事では、本人の心身の機能や状態に主に注目する考え方として説明しています。
社会モデルでは、本人は努力しなくてよいのですか?
そうではありません。社会モデルは、本人の努力を否定する考え方ではありません。本人だけに負担を集中させず、社会側も変えられる部分を考えようとする視点です。
社会モデルは、社会や企業を責める考え方ですか?
責任追及だけが目的ではありません。障壁がどこで生まれているかを整理し、参加しやすい環境へ変えることが目的です。
合理的配慮は特別扱いですか?
特別扱いではありません。社会的なバリアによって失われている参加の機会を、個別の対話と調整によって確保するための対応です。
まとめ|障害の場所を問い直すと、解決方法が増える
- 個人モデルは、本人の心身の機能や状態に注目する
- 社会モデルは、本人と社会の間にある障壁に注目する
- どちらか一方ではなく、状況に応じて両方の視点を使う
- 合理的配慮では、本人と提供側の建設的な対話が重要
障害が「本人だけにある」と考えると、解決方法も本人の努力に偏ります。
障害が環境や制度との間でも生まれると気づけば、変えられるものが増えます。本人と社会の双方から考えることが、誰もが参加しやすい社会への第一歩です。


