配慮は、誰かの好意でしょうか。それとも、仕事をするために会社が整える環境でしょうか。
舞台は、視覚障害のある社員が多数を占める架空の会社「リバース社」。経理部では点字伝票と音声端末が標準で、見える社員の平井には色付き伝票と画面表示が必要です。
この記事で描く問題
会社が整えるべき作業環境を、同僚からの「特別な親切」として扱い、見える平井だけに感謝や遠慮を求めます。
伝えたいこと:合理的配慮は恩恵ではなく、仕事を成立させるための調整です。感謝の態度を、配慮の継続や人事評価の条件にしてはいけません。
「みんなが手伝ったのだから」と言われた朝
月末の朝。平井は色付き伝票を使って請求書を確認していました。
以前の伝票は点字だけで、見える平井には内容を読めませんでした。そこで会社は、印刷と色分けもできるようシステムを変更しました。
朝礼で、同僚の西尾が平井へ声をかけました。
西尾「平井さんのために、みんなが設定変更を手伝ったんです。朝礼で一言、お礼を言ったほうがいいんじゃないですか」
平井「助かったことには感謝しています。でも、仕事に必要な伝票を使うたびに、みんなの前でお礼を言う必要があるのでしょうか」
西尾「ほかの人は点字伝票のままで働けています。平井さんだけの特別対応ですから」
部屋が静かになりました。
平井は前月も、画面の明るさを変更してもらった時に朝礼でお礼を言いました。机の位置を照明の近くへ移した時も同じでした。
平井「必要な環境を相談するたびに、借りが増えていくように感じます。次に困っても、言わないほうがいいと思ってしまいます」
西尾は戸惑いました。感謝を強要したつもりはありません。「助けてもらったら礼を言うのが普通だ」と思っていただけでした。
遠慮した結果、ミスが起きた
その週、伝票の配色がシステム更新で元に戻りました。数字と背景の色が近くなり、平井には区別しにくい状態です。
しかし平井は、再設定を頼みませんでした。また「感謝が足りない」と思われるのが怖かったからです。
黒田「この請求書は、取引先コードが一桁違います。どうして確認できなかったのですか」
平井「更新後、色の区別がつきにくくなりました。でも、また設定を頼んだら、わがままだと思われそうで言えませんでした」
黒田「会社へ相談することと、同僚に好意をお願いすることが、同じ扱いになっていたのですね」
修正には三人で二時間かかりました。
配慮を受けた本人に遠慮を求めた結果、問題が隠れ、かえって周囲の負担が増えたのです。
感謝が問題なのではない
「ありがとう」と伝えること自体が悪いわけではありません。感謝は人間関係を温かくします。
問題は、感謝が自発的な言葉ではなく、配慮を受けるための条件になることです。
黒田「平井さんが感謝を示さなければ、次の調整には協力しない。そんな空気になっていなかったでしょうか」
西尾「お礼がないと不公平だと思っていました。でも、点字端末を使うたびに私たちは会社へお礼を言っていません」
平井「私は特別に楽をしたいのではありません。ほかの人と同じように、自分で伝票を確認して責任を持ちたいだけです」
西尾は、平井のために仕事を肩代わりしていたのではありません。平井が自分で仕事をするための入口を、会社が整えただけでした。
| 表面上の言葉 | 起きている問題 | 見直す考え方 |
|---|---|---|
| 特別にやってあげた | 会社の責任が個人の善意に変わる | 業務環境として整備する |
| 感謝を見せるべき | 相談するたび心理的な借りを負う | 感謝と配慮の権利を分ける |
| ほかの人との公平 | 見える社員だけ仕事の入口がない | 同じ成果へ参加できる条件を見る |
リバース社が変えた三つのこと
黒田「今後、配慮は総務への業務申請として扱います。朝礼で事情やお礼を発表させません」
西尾「調整の効果は確認しても、感謝の言葉や態度を評価に入れない、ということですね」
平井「それなら、不具合を早く相談できます。お礼の上手さではなく、仕事の正確さで評価してください」
翌月から、配慮の確認票には「仕事が進んだか」「別の障壁が出ていないか」という項目だけが残りました。「周囲への感謝」や「本人の態度」は入りません。
システム更新時には、平井を含む利用者が事前に表示を確認する手順もできました。
現実の職場へ置き換えると
現実には、障害のある人が支援機器や勤務時間の調整を受けた時、「会社に感謝すべき」「周囲へ迷惑をかけているのだから謙虚に」と言われることがあります。
そうした空気は、困りごとの早期相談を妨げます。配慮を利用する人が小さくならなければならない職場では、制度があっても使えません。
配慮は、本人だけを得させる仕組みではありません。本人が役割を果たし、会社が成果を得るための仕事の設計です。
明日からできる三つのこと
- 配慮を正式な業務手順にする
相談窓口、判断する人、費用負担、見直し時期を明文化します。 - 本人の事情を朝礼で紹介しない
共有が必要な場合も、何を誰に伝えるかを本人と確認します。 - 確認するのは感謝ではなく効果
仕事が進んだか、負担が減ったか、改善が必要かを振り返ります。
西尾「配慮は、平井さんへの贈り物ではありませんでした。平井さんが自分の仕事をするために、会社が整える条件だったんですね」
感謝は求められて出すものではありません。
「してあげた」から、「仕事ができるよう整えた」へ。言葉を変えるだけでも、相談しやすい職場への一歩になります。
登場人物
- 平井(経理担当・見える人)
- 黒田(経理部長・全盲)
- 西尾(同僚・弱視)
参考にした資料
※リバース社、人物、会話は創作です。実在の企業や人物を示すものではありません。
「立場を逆転して考える」シリーズ
いつもの「当たり前」を反対側から眺めると、見えにくかった壁が見えてきます。


