仕事で使う道具は、どこからが「便利」で、どこからが「ずるい」のでしょう。
パソコンの検索機能。ショートカットキー。自動計算。音声入力。私たちは毎日、道具の力を借りて働いています。
それなのに、障害のある人が使う道具だけが「特別扱い」と呼ばれることがあります。
今回の舞台は、視覚障害のある社員が多数を占める架空の会社「リバース社」。広報部で校正を担当する岡本は、見える人です。
岡本が支援機器を使って原稿の誤りを見つけたとき、同僚から思いがけない言葉をかけられました。
この記事で描く問題
リバース社では、音声で原稿を確認する方法が「普通」とされていました。岡本が拡大表示や文字認識を使うと、「一人だけ機械に頼ってずるい」と言われます。
伝えたいこと:公平とは、全員に同じ道具を強いることではありません。一人ひとりが能力を発揮できる入口を整え、同じ成果基準で仕事を見ることです。
締切前日、見つかった一文字の間違い
翌日に公開する会社案内には、全国の支店情報が載っていました。
岡本は、会社から貸与された拡大モニターと文字認識ソフトを使い、住所と電話番号を一行ずつ確認していました。
その途中で、仙台支店の電話番号が一桁違うことに気づきます。
岡本「仙台支店の番号が違います。顧客台帳では末尾が8ですが、原稿は6になっています」
修正は公開に間に合いました。
チーム長の佐伯は、岡本に礼を伝えました。ところが、その日の夕方。同僚の西尾が、少し硬い声で話しかけてきました。
西尾「岡本さんだけ、文字を拡大したり検索したりできるんですよね。機械を使えば早く終わるのは当然じゃないですか」
岡本「この機器が、間違いを判断してくれるわけではありません。読める形に変えているだけです」
西尾「でも、私たちは音声を最初から最後まで聞いています。一人だけ楽な方法を使うのは、少しずるいと思います」
岡本は、返す言葉を探しました。
電話番号の誤りを見つけた喜びは、もう残っていませんでした。
支援機器がしていること
岡本の拡大モニターは、小さな文字を大きく映します。文字認識ソフトは、紙の原稿を検索できる文字データへ変換します。
けれど、どの資料と照合するか。表記が文脈に合っているか。修正が必要か。最後に判断するのは岡本です。
眼鏡が文章の意味を考えないように、支援機器も本人の知識や経験の代わりにはなりません。
岡本「私は、この画面がなければ一行を読むだけで何倍も時間がかかります。速くするためというより、仕事のスタート地点に立つために使っています」
西尾「でも、結果として私より早いですよね。それでも公平なんですか」
岡本「私たちは、同じ読み方を競っているのでしょうか。それとも、正しい広報物を期限までに出すために働いているのでしょうか」
西尾は黙りました。
二人が食い違っていたのは、道具の話だけではありません。
西尾は「同じ方法で作業すること」を公平だと考えていました。岡本は「同じ仕事へ参加できること」を公平だと考えていたのです。
「公平のため」に機器を止めてみる
翌朝、佐伯は二人から事情を聞きました。
すぐに答えを押しつけるのではなく、何が起きるかを確かめるため、短い検証を提案しました。
佐伯「岡本さん。午前中だけ、支援機器を使わず、社内標準の音声確認だけで作業できますか」
岡本「できます。ただし、同じ量を同じ時間で確認するのは難しいです」
岡本は、音声を聞きながら原稿を確認しました。
表の途中へ戻るたび、列名から聞き直します。似た番号を比較するにも時間がかかりました。普段なら午前中に終わる三十ページのうち、確認できたのは十一ページです。
午後、佐伯は結果をホワイトボードへ書きました。
- 支援機器あり:三十ページを確認。修正候補を四件発見
- 支援機器なし:十一ページを確認。修正候補は一件
- どちらも、最終判断は岡本本人が行った
佐伯「機器を外してそろったのは、条件ではありません。使う方法だけです。仕事へ参加できる条件は、むしろ崩れました」
西尾「同じ方法にしたことで、岡本さんだけが遅くなった……」
岡本「はい。私の能力が急に下がったのではありません。能力を仕事につなぐ入口がなくなったんです」
もし全員の道具を取り上げたら
佐伯は、もう一つ問いかけました。
佐伯「西尾さんが使っているスクリーンリーダーを、『音声を読んでもらうのはずるい』と言われたら、どう感じますか」
西尾「仕事をするために必要です。読んでもらっているのではなく、自分で操作して、自分で判断しています」
佐伯「岡本さんの支援機器も、同じではないでしょうか」
西尾は、自分のパソコンから流れる音声に耳を傾けました。
普段は仕事道具だと思っていた機能も、立場が変われば「助けてもらっている」「楽をしている」と見えるかもしれません。
問題は、道具を使うことではありません。一部の人が使う道具だけを、能力の外側にある不正な近道として見ることです。
「ずるい」の裏側にあった不安
西尾の言葉にも、理由がありました。
前回の評価面談で、「校正件数が少ない」と指摘されていたのです。岡本の件数が増えるほど、自分の評価が下がるのではないか。そんな不安を抱えていました。
西尾「岡本さんを困らせたいわけではありませんでした。自分だけ置いていかれる気がして、道具のせいにしてしまいました」
岡本「そうだったんですね。件数だけで比べられたら、私も不安です。担当する原稿の難しさは違いますから」
佐伯「道具を取り上げても、西尾さんの不安は解決しません。評価の基準を見直しましょう」
佐伯は、単純な処理件数だけで順位をつける評価をやめました。
誤りの発見率、見落としの重大さ、納期、改善提案、チームへの共有。仕事の目的に沿った項目を、全員で決め直しました。
同じ道具と、同じ機会は違う
| 「ずるい」と感じやすい見方 | 実際に起きていること | 職場で確認すること |
|---|---|---|
| 一人だけ便利な機械を使っている | 情報を本人が扱える形へ変換している | 機器が補っている障壁は何か |
| 機械が仕事をしている | 判断、責任、工夫は本人が担っている | 人と機器の役割を分けて見る |
| 全員が同じ方法なら公平 | 一部の人だけ仕事へ参加しにくくなる | 同じ成果へ到達できる条件があるか |
| 速い人だけ得をしている | 評価基準の曖昧さが競争と不満を生んでいる | 件数以外の品質や貢献も評価する |
「同じものを渡すこと」と「同じ機会をつくること」は、似ているようで違います。
段差の前で全員に同じ靴を渡しても、入口へ入れるとは限りません。必要なのは、段差を越えられる経路です。
支援機器は、その経路の一つです。
道具を個人の秘密にしない
チームでは、支援機器の目的を岡本の同意を得たうえで共有しました。
ただし、病名や細かな身体状況までは説明しません。「原稿を読める形へ変え、本人が校正するための道具」という、仕事に必要な情報だけです。
さらに、文字検索や比較表示など、誰にとっても便利な機能は希望者が使えるようにしました。
西尾も、複数の原稿を比較する機能を試しました。
西尾「使ってみると、答えを出してくれる機械ではないと分かります。確認する場所へ早くたどり着ける道具なんですね」
岡本「はい。道具で浮いた時間を、判断や確認に使えます」
チーム全体の校正時間は短くなりました。
岡本だけの「特別な機器」だと思われていたものが、仕事の進め方を考え直すきっかけになったのです。
明日からできる三つのこと
- 「何がずるいと感じたのか」を具体的にする
感情を責めず、作業量、評価、情報不足など、言葉の裏側にある不安を確認します。 - 道具ではなく、仕事の目的をそろえる
全員が同じ方法を使ったかではなく、品質、期限、責任を果たしたかで見ます。 - 支援機器の役割を、必要な範囲で共有する
本人の同意を得て、何を補い、どこから本人が判断するのかを説明します。
チームで確認したい問い
その道具を取り上げたとき、全員の条件は本当に同じになるでしょうか。それとも、一人だけが仕事の入口から遠ざかるでしょうか。
立場を逆転すると見えてくること
リバース社では、音声で働くことが多数派の「普通」でした。だから、画面を拡大して働く岡本の方法だけが、特別に見えました。
現実の職場でも、スクリーンリーダー、拡大読書器、点字ディスプレイ、音声入力などが、「楽をするための道具」と誤解されることがあります。
けれど、支援機器は本人の代わりに働くものではありません。
本人の経験や判断を、仕事の成果へつなぐものです。
岡本「同じ道具を使わせてほしいのではありません。同じように、仕事へ参加できる入口がほしいんです」
「ずるい」と感じたときこそ、誰かの道具を取り上げる前に、仕事の目的と評価の仕組みを見直す。
それが、誰も能力を隠さずに働ける職場への一歩です。
登場人物
- 岡本:広報部の校正担当。見える人。拡大モニターと文字認識ソフトを使う。
- 西尾:岡本の同僚。弱視。評価への不安から、支援機器を「ずるい」と感じる。
- 佐伯:チーム長。作業方法ではなく、仕事の目的と評価基準を整理する。
参考資料
※リバース社、人物、会話は、職場で起こり得る課題を伝えるために再構成した創作です。特定の企業や個人を示すものではありません。
「立場を逆転して考える」シリーズ
いつもの「当たり前」を反対側から眺めると、見えにくかった壁が見えてきます。


