職場で困ったとき、「視覚障害があるのでできません」と伝えるだけでは、本人も周囲も次の一手を見つけにくくなります。一方、「業務の目的」「難しい工程」「試した方法」「代替案」「評価方法」に分けると、支援技術、データ形式、手順、分担、合理的配慮を具体的に検討できます。
この記事では、全盲の情報工学博士・鈴木淳也さんが30年以上の仕事で培った課題解決と対話の考え方を起点に、視覚障害のある人が職場で強みを活かす方法を整理します。デジタルカメラの音声読み上げ機能など、利用者の困りごとを技術課題へ翻訳してきた経験から、当事者・上司・同僚の誰でも使えるテンプレート、会話例、会議方法、AI利用時の注意をまとめました。
結論|「人の問題」を「工程の問題」へ置き換える
仕事が進まない原因を本人の能力だけに求めると、「できる/できない」の対立になります。実際には、画像だけで作られた資料、キーボード操作できない画面、共有されない前提、短すぎる期限など、工程や環境に障壁があることも少なくありません。
| 曖昧な捉え方 | 課題を分解した捉え方 |
|---|---|
| 画面が見えないから無理 | グラフの数値データと凡例が共有されていない |
| 会議についていけない | 画面共有だけで議論し資料が事前配布されない |
| 作業が遅い | 読み上げ非対応の入力欄で確認に時間がかかる |
| 説明が伝わらない | 目的、困難な工程、希望する変更が分かれていない |
この置き換えができると、「CSVを共有する」「資料を前日までに渡す」「ショートカットを用意する」「難しい工程だけ分担する」など、試せる案が見えてきます。
鈴木さんの経験から学ぶ3つの姿勢
1.違和感を放置せず、観察する
製品や業務で困ったとき、すぐに大きな要求へ飛ばず、どの操作で、何の情報がなく、どんな結果になるかを観察します。デジタルカメラなら「画面が見えない」だけでなく、「撮影モード」「残り枚数」「設定変更の結果」が音声で確認できないことを整理します。困りごとを機能単位へ分けると、開発者とも対話しやすくなります。
2.相手の制約も聞く
希望する配慮がすぐ実現できないときもあります。技術、費用、期限、セキュリティ、他部署との調整など、相手側の制約を確認します。制約を聞くことは要望を撤回することではありません。目的を共有したうえで、段階導入、別形式、人的補助など複数案を探すためです。
3.小さく試して結果を示す
最初から全社システムを変えるのが難しければ、一つの資料、一つの会議、一週間の試行から始めます。作業時間、誤り、疲労、確認回数を記録し、変更前後を比較します。実績があれば、本人の希望だけでなく業務改善として説明できます。
職場で使える「目的・障壁・提案・評価」テンプレート
- 目的:この業務で最終的に何を達成するか。
- 現在の工程:誰が、何を、どの順番で行うか。
- 障壁:どの画面、資料、操作、時間帯で難しさが生じるか。
- 影響:品質、時間、安全、疲労、他者の負担にどう影響するか。
- 試したこと:支援技術や代替形式で何が改善し、何が残ったか。
- 提案:手順、形式、分担、機器、研修の候補。
- 試行期間:いつからいつまで、どの業務で試すか。
- 評価:何を測り、誰と振り返るか。
月次報告書の作成では、画像化された表を読む工程に約90分かかり、数値の転記ミスも起きやすい状態です。元のExcelまたはCSVを共有してもらえば、スクリーンリーダーで確認できます。次回2回分で試し、作業時間と修正回数を記録して振り返りたいです。
配慮を相談する会話例
上司へ初めて相談するとき
本人:「○○業務で成果を安定させるため、作業方法を相談したいです。画面上の色だけで状態を判断する工程に時間がかかっています。テキスト表示か一覧データを使えると確認できます。まず一週間試して、時間と品質を一緒に確認できませんか」
上司:「どの画面で困りますか。現在使える機能と担当部署を確認しましょう。すぐ変更できない場合の代替方法も考えます」
同僚へ会議方法をお願いするとき
本人:「画面共有だけだと議論中の位置を追いにくいため、資料を前日までに共有してもらえると助かります。会議では『右側』ではなく見出し名やセル名で示してもらえると発言しやすくなります」
要望が難しいと言われたとき
本人:「難しい理由は、費用、システム、期限のどれでしょうか。目的は入力内容を自分で確認することなので、別形式のデータ共有や確認者を置く方法も含めて検討したいです」
上司・同僚が使える質問
- 業務のどの工程で困難が生じていますか
- 本人が自力で行える工程はどこですか
- 現在使っている支援技術は何ですか
- データ形式や締切を変えると改善しますか
- 安全や品質に影響する点はありますか
- まず小さく試せる方法は何ですか
- 試行後に何を指標として振り返りますか
「何をしてほしいですか」と本人だけへ丸投げせず、管理者、IT、人事、支援機関も選択肢を調べます。本人が未知の製品や制度まで知っているとは限りません。
会議をアクセシブルにする10の工夫
- 資料を編集可能な形式で事前共有する
- 画像やグラフに短い説明と元データを付ける
- 発言者が最初に名前を名乗る
- 「ここ」「赤い部分」でなく見出し、数値、位置を言葉にする
- チャットだけの連絡は読み上げる
- 決定事項、担当、期限を最後に確認する
- ホワイトボードの内容をテキストでも残す
- 画面共有中の操作を短く言語化する
- 質疑の時間を確保する
- 終了後に議事録を共有し、認識の違いを修正できるようにする
「強み」を見つける棚卸し
強みは「視覚障害があるから身についた能力」と美談にする必要はありません。経験、知識、興味、支援技術、仕事の進め方を具体的な行動で整理します。
| 観点 | 問い | 記入例 |
|---|---|---|
| 成果 | 繰り返し評価された仕事は | 複雑な手順を文章化した |
| 方法 | 他の人と違う工夫は | キーボード中心で高速に検索 |
| 経験 | 利用者として知る課題は | 音声だけで迷う設定項目 |
| 協働 | チームで担いやすい役割は | 質問を整理し認識差を見つける |
| 学習 | 今後深めたいことは | アクセシビリティ評価 |
強みを伝えるときは「コミュニケーションが得意」ではなく、「会議前に論点を整理し、決定事項と担当を議事録に残せる」のように成果へ結びつけます。
課題解決で支援技術を選ぶ順番
- 業務の目的と完成条件を確認する。
- 難しい工程を一つずつ特定する。
- 既存機能、ショートカット、データ形式を確認する。
- スクリーンリーダー、拡大、OCR、点字などを試す。
- 手順変更や分担で解決できるか検討する。
- 専門支援機関やベンダーへ相談する。
- 結果を記録し、再現できる手順にする。
新しい機器を買うことが最初の答えとは限りません。元データを受け取る、操作順を変える、担当者が一度説明するだけで改善する場合もあります。
生成AIを課題整理に使う場合
生成AIは、困りごとの文章化、質問リスト、複数案の比較、会議メモの構成に利用できます。しかし個人情報、顧客情報、未公開資料を許可なく入力せず、出力の事実や制度情報は一次資料で確認します。
次の業務上の困りごとを「目的・現在の工程・障壁・影響・試したこと・提案・評価」の見出しで整理してください。書かれていない事実は推測せず、確認すべき質問として示してください。
AIが作った要望文をそのまま送るのではなく、自分の希望と職場の事実に合うか読み直します。AI活用は、アクセシブルなシステムや合理的配慮の代わりではありません。
対話がうまくいかないときの立て直し方
- 感情的になる:その場で結論を急がず、事実と希望をメモして再度話す
- 要望が曖昧:一つの業務、一つの工程へ絞る
- 相手が障害を理解しない:病名より業務への影響を具体的に説明する
- すぐ却下される:難しい理由と代替案、試行の余地を確認する
- 記録が残らない:相談内容、決定事項、次回確認日をメールで共有する
- 本人だけでは難しい:人事、産業保健、支援機関、労働局などへ相談する
対話は一度で完璧な合意を作るものではありません。見え方、仕事内容、システム、チームは変化します。定期的に振り返り、不要になった配慮、新たに必要な配慮を更新します。
企業側の実施チェックリスト
- 採用時だけでなく配置転換・システム変更時にも確認する
- 本人の同意なく障害情報を広く共有しない
- 配慮の相談先と決定手順を明確にする
- アクセシビリティを調達要件に含める
- 研修資料をテキストで提供する
- 支援機器の導入だけで終わらず練習時間を確保する
- 業務品質と本人の負担を定期的に評価する
- 異動時に合意事項を引き継ぐ
よくある質問
配慮を頼むと評価が下がりませんか?
配慮の相談は成果を出す条件を整える業務上の対話です。困難な工程、提案、評価方法を具体化すると、生産性や品質の改善として話しやすくなります。
希望した配慮は必ず採用されますか?
職場の状況や負担を踏まえた対話が必要です。希望案が難しい場合も、目的を共有し代替案を検討します。
上司は視覚障害の専門知識が必要ですか?
すべてを知る必要はありません。本人の経験を聞き、社内担当や外部支援機関と一緒に選択肢を調べる姿勢が重要です。
困りごとはいつ伝えるべきですか?
問題が大きくなる前が望ましいです。新しい業務、異動、システム変更の前後には短い確認機会を設けます。
当事者の経験を製品開発に活かすには?
一人の意見を全員の代表とせず、複数の利用者が実際の工程で試し、課題と改善結果を記録します。当事者へ適切な謝礼とフィードバックも用意します。
まとめ|対話は強みを成果へ変える設計図
課題解決力とは、一人ですべてを解決する力ではありません。困りごとを観察し、工程へ分解し、相手の制約を聞き、複数案を小さく試し、結果から改善する力です。対話は弱みの告白ではなく、自分の強みをチームの成果へ結びつける設計図になります。
まず一つの困りごとを選び、「目的・障壁・影響・提案・評価」の5行で書いてみましょう。次の面談では、そのメモをもとに試行期間を決めるところから始められます。
参考となる公的情報:


