「全盲の人が、絵本を届ける仕事をする。」
そう聞くと、不思議に感じる人もいるかもしれません。
けれど、松本葵(まつもと・あおい)さんにとって絵本は、絵を見るためだけのものではありません。
母の読み聞かせで出会った言葉の世界、子どもたちの反応、声に出して物語を届ける喜び、そしてAIや周囲の人の力を借りながら絵の情報を補う工夫。
それらが重なり合って、松本さんは「絵本ナビゲーター」という新しい肩書きを自ら作り出しました。
「絵本ナビゲーター」とは、子どもの発達や興味に合わせて絵本を選び、読み聞かせや言葉のやり取りを通じて、子どもたちを物語の世界へ案内する、松本さん自身が名付けた活動です。
この記事では、全盲の松本さんがどのように絵本と出会い、子どもたちに物語を届ける活動を続けているのか、そしてAIを活用しながら自分らしい働き方を切り拓いているのかを紹介します。

この記事でわかること
- 全盲で保育士資格を取得した松本葵さんの歩み
- 松本さんが「絵本ナビゲーター」として活動する理由
- 視覚障害があっても子どもや絵本に関わるための工夫
- AIを使って自分らしい肩書きや働き方を作る方法
- 自分に合う仕事が見つからないときの考え方
松本葵さんのプロフィール
- 全盲の視覚障害当事者
- 30代
- 幼稚園教諭一種免許・保育士資格、あん摩マッサージ指圧師免許、はり師免許、きゅう師免許を取得
- 一般社団法人広島ブレイルセンター、株式会社フレアスでの勤務を経て、現在は「絵本ナビゲーター」としてフリーランスで活動
- With Blindの「AIと対話で切り拓く、視覚障害者の新しい働き方講座」を受講
母の読み聞かせと、妹の成長が後押ししてくれた夢

松本さんは、全盲で保育士資格を取得した数少ない当事者の一人です。
幼少期の記憶に強く残っているのが、母親による読み聞かせの時間だといいます。
仕事で帰りが遅くなることもあったという母親が、よく寝る前の読み聞かせの時間を作ってくれました。
そこでさまざまな絵本や童話に出会ったことが、「自分もお話を届ける側になりたい」という思いにつながったといいます。
そんな松本さんが、子どもに関わる仕事を志すようになった直接のきっかけは、14歳離れた妹の存在でした。
私が中学2年生の時に妹が生まれたんです。当時は家族のもとを離れて寮生活をしていたので、月に一度くらい帰省するたびに妹がどんどん成長していくのを実感して。子どもの発達って面白いなと思って、もっと勉強してみたくなりました
母の読み聞かせと妹の成長は、松本さんが「絵本を届ける側になりたい」「子どもと関わる仕事がしたい」と思う、二つの原点になっていきました。
不登校の時期に見つけた、読み聞かせという居場所

一方で、松本さんは学生時代に、不登校を経験しています。
多くの人が気にしないようなことを気にしてしまう特性があって。ひどいいじめや先生とのトラブルがあったわけではないけれど、だんだんとしんどさが蓄積していって、ある日突然学校に行けなくなりました
周囲に伝わりにくいつらさを抱えながらも、「勉強だけは続けたい」という思いから、家庭教師に数学と英語を教わる日々を送っていたそうです。
転機となったのは、高校時代、学校復帰を控えて「学校以外の居場所」を探していたときに出会った読み聞かせのボランティアグループでした。
父の知人の紹介で参加したボランティア実践発表会でたまたま出会ったのがきっかけで、結果的に、そこが自分の居場所になっていたと振り返ります。
読み聞かせボランティアとの出会いは、松本さんにとって「学校以外の場所でも、自分らしくいられる」という発見になり、後に「絵本ナビゲーター」として声を届ける原体験の一つにもなっていきます。
ここから学べること
- 幼少期に好きだったことが、将来の仕事の種になることがある
- 学校以外の居場所が、自分らしさを取り戻すきっかけになることがある
資格を取っても、面接につながらなかった就職活動

大学では心理教育学科に進み、幼稚園教諭一種免許と保育士資格を取得しました。
しかし、いざ就職活動を始めると、30件以上の保育園にアプローチしましたが、なかなか面接につながらない状況が続いたといいます。
松本さんが直面したのは、資格を取得しても、希望する職場にすぐ入れるとは限らないという現実でした。
障害者雇用は少しずつ広がっていますが、保育や教育のように安全管理への不安が先に立ちやすい分野では、「どう働けるか」を一緒に考える機会そのものが、まだ十分ではない場合があります。
そんな中、小学校時代の担任の先生から「視覚障害のある子どもたちが通うデイサービスを立ち上げるので、オープニングスタッフとして来ないか」と声がかかったのです。
これが、一般社団法人広島ブレイルセンターへの就職のきっかけとなりました。
一般社団法人広島ブレイルセンターは、近くにある盲学校の生徒や、支援級に通う発達障害の子どもたちが放課後を過ごす場所です。
保育園への就職は叶わなかったものの、ここでの仕事は、大学で学んだ知識や資格取得を通じて培った子どもとの関わり方の視点を活かせる場でもありました。
松本さんはレクリエーションの企画を中心となって担い、ゲーム大会やお菓子作りなど、子どもたちと過ごす日々を送りました。
同僚たちには「さりげないサポート」でよく助けられたといいます。
机を運ぼうとすると、反対側をさっと持って誘導してくれる。
保護者からは相談を受けたり、家庭での様子を気軽に話してもらえたり、良好な関係が築けていました。
視覚障害がある人が保育や子どもに関わる現場で働く場合、一人ですべてを担うのではなく、役割分担、声かけ、事前の情報共有によって、安全を支えながら力を発揮できる場面があります。
「体も学びたい」から選んだ、マッサージ師の道

心理学を学んできた松本さんは、次第に「心とつながっている体についても学んでみたい」という思いを強くしていきます。
迷いはあったものの、「学びたいと思っているうちに、もっとさまざまなことを勉強しておきたい」という気持ちが後押しし、盲学校の理療科へ進学しました。
盲学校のクラスは松本さんを含めてわずか2人。
もう一人は社会人経験を経て入学した40代の男性で、確実に資格を取るという意識の高さに刺激を受けながら、実技面でも助け合ったといいます。
理療科では、マッサージ師・はり師・きゅう師の3つの資格を取得し、卒業後株式会社フレアスに入社し、高齢者を対象としたマッサージ・鍼灸の施術を担当しました。
当初は「視覚障害者の仕事=マッサージ」という世間の固定観念に対する複雑な思いもあったといいますが、働くうちにその考えは変化していきました。
施設の職員さんはどうしても余裕がない。そこにマッサージ師が入ることで、一人ひとりにじっくり寄り添うことができる。それは大きな魅力だと感じました
80代、90代の利用者との別れを経験することもあったといいますが、「亡くなる前日までマッサージをしていた」という利用者もいたといい、「最後の最後まで寄り添うことができるのは、マッサージ師の大切な役割」だと語ります。
ここから学べること
- 希望した道にすぐ進めなくても、学んだことは別の場所で活きる
- 周囲のさりげないサポートや信頼関係が、働きやすさにつながる
- 初めは乗り気でない仕事でも、実際にやってみると、自分だけの意味や価値を見出すことができる
結婚を機にAIと生み出した「絵本ナビゲーター」という肩書き

その後、松本さんは結婚を機に株式会社フレアスを退社し、フリーランスとして活動を始めます。
生活環境が大きく変わるタイミングで、自分が本来やりたかったことを見つめ直したいと思って。ありがたいことにパートナーの協力も応援もあったので、今はフリーで子どもたちに関わる活動をしています
そこで生まれたのが「絵本ナビゲーター」という肩書きです。
実はこれ、既存の職業名ではなく、AIとの対話をきっかけに生まれたものだといいます。
ヒントになったのは、With Blindの「AIと対話で切り拓く、視覚障害者の新しい働き方講座」でした。
AIとの対話を通じてキャリアを考えるという課題の中で、「自分の肩書きを作りたい」と相談したところ、いくつかの案の一つとして「絵本ナビゲーター」が提示されました。
それを知人に相談したところ「今の葵ちゃんの活動にぴったり」と後押ししてもらい、この肩書きに決めたそうです。
今の私がしている活動は、公的に同じ仕事をしている人がいない。だったら私が一から作ってしまえばいい
既存の肩書きに当てはまらないからといって、活動そのものを諦める必要はありません。
AIとの対話や周囲の声を借りながら、自分にできることを言葉にしていったことが、松本さんが新しい働き方を切り拓く第一歩になりました。
講座の詳細はこちら:
https://school.with-blind.com/ai-career-visuallyimpaired202603/
松本さんのプロフィールはこちら:
https://school.with-blind.com/teacher019/
全盲の松本さんが、なぜ絵本ナビゲーターなのか
幼少期、母の読み聞かせを通じて出会ったのは、絵ではなく言葉と物語の世界でした。
14歳離れた妹の成長を見守る中では、子どもの発達そのものへの関心が芽生えていきます。
不登校の時期には、声で物語を届ける読み聞かせボランティアの活動が、学校以外の居場所になりました。
そして大学では、幼稚園教諭一種免許と保育士資格を取得し、子どもに関わる仕事を目指し続けてきました。
つまり松本さんにとって絵本は、最初から「見るもの」ではなく、「声に出し、言葉にし、子どもと分かち合うもの」だったのです。
見えないからこそ、松本さんは声の抑揚、言葉の選び方、そして子どもの反応そのものを、人一倍大切にしてきました。
もちろん、絵の情報がまったく必要ないわけではありません。
そこは、AIに絵の内容を説明してもらったり、周囲の人に確認してもらったり、点字や事前の準備を組み合わせたりしながら補っています。
「見えない部分は工夫で補い、見える部分(声・言葉・対話)で子どもを物語の世界に引き込む」ことが、松本さんの読み聞かせです。
だからこそ松本さんは、自分の活動を「絵本を読む人」ではなく、子どもたちを物語の世界へ案内する「絵本ナビゲーター」と名付けました。
「全盲なのに絵本」なのではなく、「全盲の松本さんだからこそ届けられる絵本の世界がある」。
それが、この肩書きに込められた意味です。
ここから学べること
- 既存の肩書きがなくても、自分の活動を言葉にして新しく作ることができる
- 見えない部分は工夫で補い、見える部分(声・言葉・対話)で自分の強みを活かすことができる
AIと人を使い分ける、松本さん流の活用術

With Blindとの出会いは、松本さんのAIに対する価値観を大きく変えました。
講座を受ける前は、プロンプトという言葉の意味すら知らなかった。世の中にAIがどんどん導入されていく中で、漠然とした不安感もありました。でも、AIにも得意なこと・不得意なことがあるから、それを見極めて上手に使いこなせたらいいんだと思えるようになりました
現在では、結婚式の生い立ちビデオ制作で写真の内容を調べたり、講師業のスライド作成で画像の説明を確認したり、絵本の絵を調べたりと、日常的にAIを活用しているそうです。
AIは、松本さんにとって「見えない情報を補う道具」であると同時に、自分の経験や強みを整理し、新しい肩書きを考えるための対話相手でもありました。
一方で、手遊びの振り付けなど動きを伴う情報については、AIだけに頼らない工夫もしているといいます。
「むすんでひらいて」の手遊びを教えてとプロンプトを入れるだけだと、AIが勝手にアレンジしてしまうことがある。だから、YouTubeで手遊び動画を、スクリーンショットに撮ってAIに読み込ませる方法を使っています。
AIには、細かい情報を勝手にアレンジしてしまうといった苦手なこともあります。
だからこそ、動画をスクリーンショットに撮ったり、初めて知ることは人に直接教わったりと、AIと人それぞれの得意・不得意を見極めて使い分けることが大切です。
それが松本さん流の工夫でした。
AI活用のポイント
- まず、自分が知りたいことを短い文章で整理する
- 画像説明は一度で信じきらず、別の聞き方でも確認する
- 動きや安全に関わることは、人にも確認する
- AIの答えをそのまま使わず、自分の経験や活動内容に合わせて言い換える
- AIと人の意見を組み合わせながら、自分に合う言葉を探す
「淡々と読む」から伝わる、読み聞かせのこだわり

現在の読み聞かせ活動では、子どもの発達や興味に合わせた絵本選びを大切にしています。
読み方についても、「感情豊かに読む」という方法がすべての場面に当てはまるわけではなく、あえて感情を込めずに淡々と読むことで、絵本自体の面白さが伝わることもあるそうです。
子どもたちが一緒に声を合わせられる、参加型の絵本を選ぶこともあります。
読んでいる最中も、子どもたちの声や反応を聞きながら、その場の雰囲気を想像しているといいます。
昔話の素話については、一言一句ではなく「情景」で覚えるようにしているという工夫も語ってくれました。
事前に整理した物語の流れを、点字を読みながら声に出して繰り返し練習することで、少しずつ覚えていくのだそうです。
一つのやり方に固執せず、相手や場面に応じて伝え方や練習の仕方を工夫することで、より豊かに届けられることがあります。
事前の準備で見えない部分を補い、本番では声で物語を届けることが、松本さんが積み重ねてきた読み聞かせのこだわりです。
ありのままの自分を見せることが、人の心を動かす

活動の中で最もやりがいを感じる瞬間について尋ねると、松本さんは小学校での福祉授業でのエピソードを挙げてくれました。
白杖の使い方を説明した後、実際に子どもたちの前を歩いて見せたときのことです。
子どもたちからは、「白杖を持って歩くのは怖そうだと思ってたけど、葵さんを見ていたら楽しそうって思いました」という感想をもらったといいます。
日本全国の視覚障害者を見渡したら、楽しそうに歩く人ばかりじゃないかもしれない。でも、私は確かに楽しく歩いていた。何かしたいと思ったら、どうしたらできるだろうと考えて行動しているので、それが伝わったことが、すごく嬉しかったです
ありのままの自分の姿を見せることが、周囲の人たちの心を動かすきっかけになります。
松本さんが読み聞かせや福祉授業を通じて、大切にしている自分のあり方でもあります。
家族と対等に助け合う日常

14歳年の離れた妹との関係も、松本さんの歩みに深く関わっています。
妹が4歳の頃、「お姉ちゃんは目が見えないけど、お母さんになることはできるの?」と尋ねられ、答えに詰まったことがあったそうです。
そのとき母が「目が見えなくて子育てをしている人もいるから、お姉ちゃんもできると思うよ」と伝えてくれたことが、今も心に残っているといいます。
小さいうちからさまざまな人に関わることが、自然な理解につながっていくことを最初に教えてくれたのは、妹の存在でした。
現在も実家に帰ると妹と会話をしたり、メイクのアドバイスをもらったり、文章の添削をし合ったりと、助け合う関係が続いているそうです。
パートナーとの暮らしについては、美術館での鑑賞や映画の音声ガイドを補ってもらうなど、日常のさまざまな場面で支え合っています。
家事は、料理好きなパートナーが担当することが多く、松本さんは掃除や洗濯を担当するなど、「気づいた方がする」というスタイルでバランスを取るようにしているそうです。
趣味のカラオケでは、夫婦で好きなバンドの曲をパート分けして歌うこともあるそうです。
妹の何気ない問いに母がかけた言葉も、今の妹やパートナーとの関係で助け合っていることも、松本さんにとってはどちらも大切な日常です。
ここから学べること
- 一つのやり方に固執せず、相手や場面に応じて工夫することで、より豊かに伝えられる
- ありのままの自分を見せることが、周囲の理解や共感を生むことがある
- 頼ることと頼られることは、対等な関係の中でこそ自然に両立する
「見えなくてもできることは案外ある」ことを知ってほしい

最後に、読者に伝えたいことを尋ねると、松本さんはこう語ってくれました。
目が見えないことで不便に思うことや大変なこともあります。保育士になるときもたくさんの先生に反対されましたし、就職活動もうまくいかず悔しい思いもしました。でも、見えなくてもできることは案外ある。晴眼者と同じようにこなす必要はなく、自分ならではのやり方が周囲にプラスに働くこともある。それを、私が活動し続けることで証明していきたいと思っています
今後はWith Blindとの関わりをさらに広げながら、絵本選びの相談や数学・英語の学習指導など、できることを幅広く続けていきたいといいます。
既存の肩書きから探すのではなく、「なければ、一から作ってしまえばいい」とAIとの対話をヒントにしながら、自分の役割を言葉にしていった松本さん。
もし今、自分に合う仕事や肩書きが見当たらないとしても、それは「向いていない」ということではないのかもしれません。
これまで大切にしてきたことや自分の得意なこと、好きなことを言葉にし、AIとの対話をきっかけに、少しずつ新しい形に育てていくこと。
With Blindが大切にしているのは、「できる・できない」を最初から決めつけるのではなく、その人の経験や得意なことをもとに、できる形を一緒に探していくことです。
松本さんの歩みから、自分の働き方を考えるための問い
- 自分が昔から好きだったことは何か
- 人から「向いている」と言われたことは何か
- これまでの経験の中で、誰かの役に立ったことは何か
- 既存の職業名では表せない、自分ならではの役割は何か
- AIに相談するとしたら、どんな肩書きを一緒に考えたいか
松本さんの歩みは、一見結びつかないように見える「全盲」と「絵本」が、言葉、声、想像力、AI、周囲の人との対話を通じて、新しい働き方へとつながっていく可能性を示してくれています。

