「視覚障害」と聞くと、見えない・見えにくいことによる不便さを思い浮かべる方は多いかもしれません。
しかし、視覚障害のある人の経験は一人ひとり異なります。先天性か後天性か、弱視か全盲か、どのような環境で育ってきたかによって、困りごとも、必要な支援も、感じ方も変わります。
今回お話を伺った石坂さんは、中学生の頃に視力を失い、その後、盲学校での生活、視覚障害者柔道、マッサージ治療院の経営、点字図書館での勤務、視覚障害のある子どもたちへの支援、相談支援専門員としての活動など、さまざまな経験を重ねてこられました。
この記事では、石坂さんの歩みを通して、視覚障害のある人への理解、合理的配慮、当事者の声を聞くことの大切さについて考えます。
特に、次の3つの視点を大切にしながらお伝えします。
- 視覚障害のある人の困りごとは一人ひとり違うこと
- 支援や合理的配慮に必要なのは、決めつけではなく本人の声を聞く姿勢であること
- 「できないこと」ではなく「どうすればできるか」を考える大切さ
視覚障害のある方と関わる方、教育・福祉・仕事・地域づくりに関心のある方、そして障害理解を深めたい方にとって、きっと学びのある内容です。
ぜひ最後までお読みください。
石坂さんのプロフィール
- 中学生の頃に視覚障害となり、高校1年生から熊本県立盲学校へ進学。
- 卒業後、鍼灸マッサージの資格を取得し、約1年間マッサージの仕事に従事。
- 23歳のとき、盲学校で出会った同じ視覚障害のある真美さんと結婚。治療院を約10年間経営。
- 社会福祉法人 熊本県視覚障害者福祉協会 熊本県点字図書館に勤務し、12年間にわたり、視覚障害のある方の情報アクセスや文化活動を支援。
- 一般社団法人ビジョンサポートラボに参加し、視覚障害のある子どもたちの放課後等デイサービスで児童指導員として活動。
- 現在は、視覚障害のある方を対象とした相談支援専門員としても活動。
※プロフィールは、石坂さんのブログ等を参考に整理しています。
中学生で視力を失い、学校生活と人間関係が変わった

石坂さんは、中学生までは視力に大きな問題はなく、日常生活を送っていました。
しかし、視力を失ったことで、学校生活は大きく変わります。
中学3年生の頃には、体育の授業に一度も参加できませんでした。テストも、口頭で答えればよいと言われ、保護者とともに保健室で受けていたそうです。
学校生活だけでなく、友人関係にも変化がありました。
仲のよい友人があいさつをしてくれても、誰が声をかけてくれたのかが分からない。こちらから声をかけ直そうとしても、すでに近くにはいない。
そうしたことが重なり、友人との関わりがだんだん受け身になっていったといいます。
視力を失うということは、単に「見えない」「見えにくい」という問題だけではありません。人との距離感、声のかけ方、学校での過ごし方など、生活全体に影響していくものなのだと感じました。
盲学校で知った、同じ視覚障害でも経験は違うということ
中学卒業後、石坂さんは高校から盲学校へ進学し、寄宿舎での生活を始めました。
そこで大きなカルチャーショックを受けたのが、同じ視覚障害のある人同士でも、見え方や育ってきた環境によって感覚が大きく違うということでした。
石坂さんは、途中で視力を失った後天性の視覚障害です。一方で、盲学校には、生まれつき見えない人や、幼い頃から視覚障害のある人もいました。
見え方の違いだけでなく、周囲の視線への気づき方、身だしなみの感覚、人との関わり方にも違いがあります。
たとえば、見えていた経験がある人にとっては自然に分かることでも、生まれつき見えない人にとっては、誰かから教わらなければ分かりにくいことがあります。
石坂さんは、そうした違いに戸惑いながらも、同じ「視覚障害」といっても、その背景や感じ方は一人ひとり違うのだと実感されたそうです。
この経験から学べるのは、視覚障害のある人を一括りにして考えないことの大切さです。
「視覚障害があるから、きっとこうだろう」と決めつけるのではなく、その人がどのような経験をしてきたのか、何に困っているのかを知ろうとする姿勢が必要だと感じました。
視覚障害者柔道との出会いが、人生の見方を変えた

盲学校での生活に戸惑いを感じていた石坂さんにとって、考え方を大きく変えるきっかけとなったのが、視覚障害者柔道との出会いでした。
柔道に取り組み、全国大会などにも出場するようになった頃、石坂さんはバルセロナパラリンピック代表の宮内栄司選手や、シドニーパラリンピック代表の松本義和選手と出会います。
お二人は、視覚障害があることを理由に活動の幅を狭めるのではなく、治療院を経営したり、登山やマラソンに挑戦したりしながら、日々の生活を楽しんでいました。
その姿を見て、石坂さんは「目が見えなくなっても、自分らしく人生を楽しむことはできるのかもしれない」と感じたそうです。
この出会いは、石坂さんにとって大きな転機になりました。
視覚障害があることは、確かに生活の中にさまざまな困難を生みます。しかし、そこで人生が終わるわけではありません。
どのような人と出会うか。どのような経験に触れるか。どのような考え方に出会うか。
それによって、自分の可能性の見え方は大きく変わるのだと感じました。
ICTと支援技術が、視覚障害のある人の可能性を広げる
石坂さんは、柔道の合宿でパソコンを持参している方に出会ったことも、大きなきっかけだったと話します。
当時は、今ほどパソコンが一般的ではありませんでした。しかし、パソコンを使うことで、見えない・見えにくい人でも情報を扱えることを知ります。
石坂さんは、パソコンが「自分の目」の代わりになると気づきました。
その後、パソコンを学び、マッサージ治療院の経営や点字図書館での仕事にも活用していきます。
特に治療院を経営していた頃は、予約管理や月ごとの保険請求などに苦労していたそうです。しかし、パソコンを使えるようになったことで、業務管理がしやすくなり、仕事の幅も広がっていきました。
この話から見えてくるのは、ICTや支援技術が、単に便利な道具ではなく、その人の可能性を広げる力を持っているということです。
見えないからできない。見えにくいから難しい。そう考える前に、「どのような方法があればできるのか」を考えることが大切なのだと感じました。
視覚障害支援の現場で見えた、社会の合理的配慮のズレ

石坂さんは、高校卒業後にマッサージ師の資格を取得し、ご家族の協力を得ながら、約10年間マッサージ治療院を経営されました。
その後、点字図書館での勤務、視覚障害のある子どもたちへの支援、相談支援専門員としての活動など、さまざまな仕事に従事されています。
そうした経験を通して感じたのが、社会の中にある支援や合理的配慮のズレです。
たとえば、車いすを利用する方にとって見やすいように低い位置に掲示物を設置しても、視覚障害のある人にとっては、かがんで近づかなければ内容を確認できず、かえって使いづらい場合があります。
また、障害のある方向けのパソコン講座や就労支援講座であっても、「全盲の方は参加が難しい」とされることがあるそうです。
もちろん、すべての人にとって完全に使いやすい環境をつくることは簡単ではありません。
しかし、支援や制度を考えるときに、当事者の声が十分に反映されていなければ、実際の困りごととの間にズレが生まれてしまいます。
「バリアフリー」とは何か。「合理的配慮」とは何か。「本当に必要な支援」とは何か。
石坂さんのお話から、改めて考えさせられました。
視覚障害のある人への声かけと配慮で大切なこと
インタビューの中で、私は石坂さんに「困っているように見えたとき、どのように声をかけるのがよいのでしょうか」と質問しました。
石坂さんは、障害のある人であっても、何に困っているかは人それぞれ違うと話されました。
以前、石坂さんがバスに乗っていて体調が悪くなったときのことです。中学生くらいの学生が、バスの前方に空いている席を案内し、降車ボタンの位置まで教えてくれたそうです。
そのとき石坂さんは、「身近に視覚障害のある人がいるのかなと思うくらい、的確に案内してくれてありがたかった」と感じたそうです。
このエピソードから分かるのは、必要な配慮は一律ではないということです。
大切なのは、相手の状況を知ろうとすること。そして、本人に確認しながら行動することです。
「何かお手伝いできることはありますか?」
「どのように案内すればよいですか?」
そう聞くことから、支援は始まるのだと思います。
視覚障害のある子どもへの支援で大切なこと

現在、石坂さんは視覚障害のある子どもたちの療育にも関わっています。
障害のある子どもを対象とした放課後等デイサービスは多くありますが、視覚障害のある子どもに専門的に関わる施設は、まだ少ないそうです。
石坂さんは、その数少ない施設の中で、視覚障害のある子どもたちへの支援を行っています。
子どもたちは、パソコン操作やタイピングについては、手の位置などを丁寧に教えると、比較的早く習得できることがあるそうです。
一方で、難しさを感じるのが漢字変換です。
全盲の子どもたちは、漢字の形や成り立ちを視覚的に見ることができません。そのため、音声で文字を入力できたとしても、どの漢字を選べばよいのかが分からないことがあります。
石坂さんは、単にパソコン操作を教えるだけでなく、漢字や一般教養を学ぶことも大切だと考え、指導に取り組んでいるそうです。
私はこの話を聞くまで、パソコン操作を覚えれば、できることの幅は大きく広がると思っていました。
もちろん、それは間違いではありません。しかし、その前提として、漢字や言葉、社会の仕組みなどを理解することも必要です。
見えている人にとっては当たり前に身についていることでも、見えない・見えにくい子どもにとっては、意識して学ぶ必要があることがあります。
この話から、支援とは「道具の使い方を教えること」だけではなく、その人が社会の中で自分らしく生きていくための土台を一緒につくることなのだと感じました。
障害理解を深める第一歩は、当事者の声を聞くこと

今回のインタビューを通して、私が強く感じたのは、障害理解を深めるためには、本人の話を聞くことが欠かせないということです。
本や記事を読むことも大切です。しかし、それだけで一人ひとりの経験や困りごとをすべて理解することはできません。
「障害のある人にやさしくしよう」と考えることは大切です。けれども、何が必要な配慮なのかは、人によって違います。
だからこそ、決めつけずに聞くこと。相手の答えを受け止めること。そして、必要に応じて関わり方を変えていくこと。
それが、障害理解への第一歩なのだと思います。
身近に困難を感じている人がいるなら、まずは関わってみる。困っていそうな人を見かけたら、押しつけるのではなく、声をかけて確認してみる。
その小さな一歩が、誰かにとって大きな安心につながることがあります。
まとめ:視覚障害の理解は、本人の声を聞くことから始まる

石坂さんのお話を聞いて印象的だったのは、視覚障害があることを、単にマイナスとして捉えていないことでした。
もちろん、視力を失ったことで、学校生活や友人関係、仕事の中で困難はたくさんあったはずです。
それでも石坂さんのお話からは、置かれた状況の中で、自分なりの楽しみや可能性を見つけていく姿勢が伝わってきました。
視覚障害があるからできない。見えないから難しい。
そう考えるのではなく、
- どうすればできるのか
- どのような方法があれば続けられるのか
- 誰とつながれば可能性が広がるのか
と考え続けること。
それは、視覚障害の有無にかかわらず、私たち一人ひとりにとって大切な視点だと思います。
そして、支援する側に必要なのは、「分かったつもり」にならないことです。
視覚障害のある人の困りごとは、一人ひとり違います。必要な配慮も、一人ひとり違います。
だからこそ、本人の声を聞くこと。対話しながら、一緒に考えること。
障害について知ることは、特別な誰かのためだけではありません。誰もが暮らしやすい社会を考えるための、大切なきっかけになるのだと思います。

