中学生の頃に視力を失った石坂さんが、「見えなくなっても人生を楽しめるかもしれない」と思えたのは、説明を聞いたからではありません。柔道を通じて、治療院を経営し、登山やマラソンにも挑戦する視覚障害者と実際に出会ったからでした。
その後、柔道合宿でパソコンを使う人を見て、「自分の目の代わりになる」と気づきます。マッサージ治療院の経営、点字図書館、視覚障害児の療育、相談支援へと仕事を広げてきた石坂さんの歩みには、一貫した問いがあります。それは「見えないからできない」で終わらせず、「どの方法ならできるのか」を探すことです。
この記事では、中途視覚障害による生活の変化、盲学校での戸惑い、柔道とロールモデルとの出会い、パソコンによる仕事の変化、支援する立場になって見えた課題を、時系列でたどります。前向きさを押しつけるのではなく、読者が自分の状況で試せる小さな行動へつなげます。
石坂さんの歩み
- 中学生の頃に視力を失う
- 高校から盲学校へ進学し、寄宿舎で生活
- 視覚障害者柔道に取り組み、全国大会にも出場
- マッサージ師の資格を取得し、家族の協力を得て約10年間治療院を経営
- 点字図書館で勤務
- 視覚障害のある子どもへの療育、相談支援専門員として活動
最初の出来事|中学生で視力を失い、生活全体が変わった
石坂さんは中学生までは視力に大きな問題なく生活していました。途中で視力を失うことは、文字が読めなくなるだけではありません。友人との距離、声をかけるタイミング、教室内の移動、持ち物の管理、将来の進路まで、これまで無意識にできていた生活の組み立て直しを迫られます。
周囲には、本人が何を失い、何がまだでき、何を覚え直しているのかが見えにくいことがあります。「前はできたのに」という本人の戸惑いと、「どう接すればよいか分からない」という周囲の戸惑いが同時に起こります。
この時期に必要なのは、急いで前向きにさせることではありません。現在の見え方、本人の気持ち、安全、学習方法、相談相手を一つずつ確認します。
盲学校で受けたカルチャーショック|同じ視覚障害でも違う
中学卒業後、石坂さんは高校から盲学校へ進み、寄宿舎で生活を始めました。そこで驚いたのは、同じ「視覚障害」という言葉でまとめられていても、見え方と経験が大きく違うことでした。
石坂さんは途中で視力を失った後天性の視覚障害です。一方、盲学校には生まれつき見えない人、幼い頃から見えにくい人、光や色が分かる人もいました。移動、文字、身の回りのこと、助けの求め方も一人ひとり違います。
この経験は、後に支援者として働く石坂さんの土台になります。「視覚障害者ならこうだろう」と決めつけず、本人がどのような経験をしてきたか、何に困っているかを聞くことが重要です。
| 決めつけ | 確認したいこと |
|---|---|
| 全盲だから何も見えない | 光覚、見え方、使いやすい情報形式 |
| 弱視だから文字を拡大すればよい | 文字サイズ、色、照明、読み上げの希望 |
| 白杖があれば案内は不要 | 工事、行列、空席など視覚情報の必要性 |
| 同じ支援が全員に合う | 本人の経験、場面、希望 |
転機|柔道で出会った「人生を楽しむ先輩」
盲学校での生活に戸惑っていた石坂さんの考えを変えたのが、視覚障害者柔道でした。全国大会へ出場するようになった頃、バルセロナパラリンピック代表の宮内栄司選手、シドニーパラリンピック代表の松本義和選手と出会います。
二人は競技だけでなく、治療院を経営し、登山やマラソンにも挑戦していました。石坂さんが心を動かされたのは、障害を克服したという物語ではありません。視覚障害が生活にある状態で、仕事や趣味を選び、日々を楽しむ姿でした。
石坂さんはその姿を見て、「目が見えなくなっても、自分らしく人生を楽しむことはできるのかもしれない」と感じたそうです。
ロールモデルの価値は、同じ人生をまねることではありません。「自分には存在しない」と思っていた選択肢が、現実にあると知ることです。
二つ目の転機|パソコンが「自分の目」になると知った
柔道合宿で、パソコンを持参している視覚障害者に出会いました。当時は今ほどパソコンが一般的ではありません。それでも、音声などを利用して情報を扱う姿を見て、石坂さんはパソコンが「自分の目」の代わりになり得ると気づきました。
その後パソコンを学び、治療院の経営や点字図書館での仕事に活用します。マッサージ治療院では、予約管理や毎月の保険請求が大きな負担でした。紙や目視を前提にした事務作業も、データとして扱えれば整理、検索、再利用ができます。
重要なのは、パソコンそのものが問題をすべて解決したのではないことです。「予約を管理する」「請求を間違いなく作る」という業務目的を分け、それに合う道具と手順を覚えたことで仕事の幅が広がりました。
道具を導入するときの4段階
- 困っている作業を一つに絞る。
- 完成させるために必要な情報を整理する。
- 音声、拡大、点字、OCRなど複数の方法を試す。
- 実際の業務で使い、時間と間違いを振り返る。
治療院から点字図書館、子どもの支援へ
高校卒業後、石坂さんはマッサージ師の資格を取得し、家族の協力を得ながら約10年間治療院を経営しました。その後は点字図書館、視覚障害のある子どもへの支援、相談支援専門員など、異なる仕事を経験します。
一見すると別々の仕事ですが、共通するのは「必要な情報や方法を本人へ届ける」役割です。治療院では利用者と向き合い、点字図書館では情報アクセスを支え、療育では子どもが将来自分で選ぶための土台を作ります。
キャリアは一つの職業を続けることだけではありません。過去の経験で身につけた対人対応、情報管理、当事者としての知識を、次の仕事へ持ち運ぶことができます。
支援する側になって見えた「善意だけでは足りない」問題
バリアフリーの工夫が、すべての障害者に同じように使いやすいとは限りません。車いす利用者が見やすいよう低い位置へ掲示物を置くと、弱視者はかがんで近づく必要があり、かえって確認しにくい場合があります。
障害者向けのパソコン講座や就労講座でも、「全盲の方は参加が難しい」と最初から除外されることがあるそうです。本来は、教材形式、講師の説明、キーボード操作、補助者の有無を確認し、参加できる条件を検討する必要があります。
合理的配慮は「親切な特別扱い」ではなく、本人と対話し、社会的な障壁を取り除くための調整です。一つの配慮が別の人の障壁になる可能性も含め、複数の利用者が選べる方法を用意します。
心に残るバスの出来事|的確な声かけは知識より観察から
ある日、石坂さんはバスの中で体調が悪くなりました。そのとき、中学生くらいの生徒が前方の空席へ案内し、降車ボタンの位置まで教えてくれたそうです。
石坂さんは、「身近に視覚障害のある人がいるのかなと思うくらい、的確に案内してくれてありがたかった」と感じました。生徒は「視覚障害者には必ずこうする」という型を押しつけたのではなく、その場で必要な情報を補いました。
声をかけるときは、まず本人へ「何かお手伝いできることはありますか」と尋ねます。返答を聞き、必要な範囲だけ支援します。急に腕や白杖を引っ張ったり、同行者だけへ話しかけたりしません。
場面別の短い声かけ
- 駅:「改札前です。ホームまで案内が必要ですか」
- 店:「入口右側に空席があります。席までご案内しますか」
- バス:「前に空席があります。降車ボタンは座席の左側です」
- 道路:「この先は工事で歩道が狭いです。迂回路をご案内しましょうか」
視覚障害児の療育|操作だけでなく学ぶ土台を作る
現在、石坂さんは視覚障害のある子どもの療育にも関わっています。視覚障害児へ専門的に対応する放課後等デイサービスはまだ限られます。
子どもは手の位置を丁寧に伝えると、タイピングやパソコン操作を早く身につける場合があります。しかし、操作だけを覚えても、文章の意味、漢字、一般教養がなければ情報を十分に使えません。
支援とは道具の使い方を教えるだけでなく、その人が社会で自分らしく生きるための土台を一緒に作ることです。読み書き、移動、コミュニケーション、成功体験、失敗からやり直す経験を組み合わせます。
「楽しく生きる」を行動へ変える5つのステップ
- 興味を言葉にする:やりたいことを、できるかどうかの判断より先に書く。
- 実際の人に会う:体験会、当事者会、オンライン交流で経験を聞く。
- 障壁を分解する:移動、情報、費用、技術、支援者に分ける。
- 入口を小さくする:15分、見学だけ、同行ありなど安全な大きさで試す。
- 条件を記録する:楽しかった点、難しかった点、次に変えることを残す。
行動を美徳にして、休む人や動けない人を責めてはいけません。体調、気持ち、環境によって必要な時間は違います。助けを求める、断る、中断することも自分で選ぶ行動です。
家族・支援者ができること
- 本人より先に「危ない」「無理」と決めない
- 成功者の話を押しつけず、選択肢として共有する
- 必要な支援を本人へ確認する
- 失敗を防ぎすぎず、安全に試せる環境を作る
- できた結果だけでなく、本人が考えた方法を認める
- 支援方法が合っているか定期的に聞き直す
よくある質問
視力を失った直後から新しい挑戦をした方がよいですか?
急ぐ必要はありません。医療、生活訓練、心理的な支援を受けながら、本人の状態に合う順番を考えます。休むことも必要な過程です。
ロールモデルは同じ障害・同じ職業でなければなりませんか?
同じでなくても構いません。選択の仕方、支援の求め方、失敗からの立て直しなど、自分に必要な部分を参考にします。
パソコンを覚えれば仕事の問題は解決しますか?
道具だけでは解決しません。アクセシブルな業務システム、教材、練習、周囲との分担、合理的配慮を組み合わせます。
街で困っている人へどう声をかけますか?
本人の正面または近くから名乗り、「何かお手伝いできることはありますか」と聞きます。希望を聞いてから案内します。
まとめ|人生を変えたのは、一つの道具ではなく出会いの連鎖
石坂さんの歩みは、視力を失った出来事だけで説明できません。盲学校で多様な見え方を知り、柔道で人生を楽しむ先輩に出会い、合宿でパソコンの可能性を知り、仕事でその力を使い、今度は子どもたちへ方法を手渡しています。
「楽しく生きる」とは、いつも明るくいることではありません。自分に合う方法と人を探し、小さく試し、合わなければ変えることです。まず興味のあることを一つ選び、それを経験している人の話を15分だけ探すところから始められます。
参考情報:


