視覚障害のある子どもが算数・数学でつまずくのは、考える力が不足しているからとは限りません。図、表、式、グラフを「目で一度に見る」ことを前提にした教材や説明が、理解への入口を狭くしている場合があります。
見えない・見えにくい子どもが数学を学ぶときは、情報を触覚、音声、点字、拡大文字、具体物へ置き換え、順序立てて確認できるようにすることが重要です。同時に、支援する大人が答えまで説明してしまわず、子ども自身が考え、試し、説明する時間を守る必要があります。
この記事では、視覚障害児が算数・数学で困りやすい理由、全盲・弱視それぞれの教材選び、数・計算・図形・グラフ・文章題・数式の教え方、家庭と学校で使える支援手順を解説します。保護者、学校の先生、学習支援者、初めて視覚障害児を担当する人が、明日の授業から試せる2026年版ガイドです。
結論:見え方ではなく「情報の取り方」に合わせる
数学の支援で大切なのは、全員に同じ教材を使わせることではなく、同じ学習目標へ到達できる方法を用意することです。
- 全体像を一度に把握しにくい場合は、部分を順番に確認して最後に関係をまとめる
- 図やグラフは、触図、立体、言葉による説明を組み合わせる
- 数式は読み方のルールを統一し、どこからどこまでが分子・指数・括弧かを明確にする
- 弱視の子どもは、文字サイズだけでなく、色、余白、線の太さ、視距離、疲労を調整する
- 全盲の子どもは、触る順序、基準点、向き、縮尺を最初に共有する
- 便利な支援が、本人の考える時間を奪っていないか定期的に確認する
「見えないから図形は難しい」と決めつけるのではなく、「この図から何を読み取る授業なのか」「その情報をどの方法なら確認できるか」と分解して考えます。
視覚障害児が算数・数学でつまずきやすい5つの理由
1.図・表・式の全体と部分を同時に把握しにくい
見える子どもは、ページを開いた瞬間に図の形、式の長さ、表の行列を大まかに把握できます。触覚や音声では、一つずつ情報をたどるため、部分を読み終えるまで全体像が分からないことがあります。
最初に「このページには三つの図があります」「表は4列5行で、左端が項目名です」のように構造を伝えると、どこを読んでいるか見通しを持ちやすくなります。
2.触図の読み方を学ぶ機会が不足している
触図は、紙の図を浮き出させれば自動的に理解できるものではありません。基準点を探す、外周をたどる、線の種類を区別する、部分の位置関係をまとめるといった読み方そのものを学ぶ必要があります。
触図を渡して「分かる?」と尋ねるだけでなく、タイトル、向き、凡例、外形、内部の順に確認する練習をします。文部科学省の点字学習指導の手引にも、触図製作と触図の読み方、算数・数学科の配慮事項が示されています。
3.数式の読み上げだけでは構造が分かりにくい
「エックスプラスワイかけるゼット」と続けて読むと、括弧の有無や演算の順序を誤解することがあります。分数、平方根、指数、行列、関数になるほど、式の始まりと終わりを明確にする必要があります。
読み方を授業内で統一し、「分子ここから、エックスプラス1、分子ここまで」「括弧ここから」のように境界を伝えます。点字を使う子どもには、数学点字の記号と読み方を段階的に結び付けます。
4.板書や画面共有の情報が抜ける
先生が「ここを移項して」「この角度に注目して」と説明しても、「ここ」「この」が何を指すのか分からない場合があります。板書を書き写すことに時間を使い、説明を聞けなくなることもあります。
式番号、辺や点の名前、表の行列名を使って説明し、板書データを事前または授業後に共有します。ただし、答えを含むデータを先に渡す場合は、考える過程を損なわない構成にします。
5.「できないだろう」という周囲の先回り
支援者が計算、作図、表の読み取りを代わりに行うと、授業は早く進みます。しかし、子どもが自分で試行錯誤する機会が失われます。支援は答えを渡すことではなく、問題へアクセスできる状態をつくることです。
全盲と弱視で異なる教材の工夫
| 確認点 | 全盲・触覚中心 | 弱視・視覚活用中心 |
|---|---|---|
| 文字・数式 | 点字、点字ディスプレイ、音声 | 拡大文字、見やすいフォント、十分な余白 |
| 図形 | 触図、立体模型、ひも、磁石 | 太い輪郭、高コントラスト、不要情報を減らした図 |
| グラフ | 触知できる軸・線・点、凡例 | 線種と色を併用、拡大、目盛りを整理 |
| 操作 | 基準点と触る順序を明確にする | 視距離、照明、画面位置、拡大率を調整する |
| 疲労 | 指先の疲労、情報量を調整 | 眼精疲労、まぶしさ、連続作業時間を調整 |
全盲・弱視という分類だけで教材を決めないことも重要です。弱視でも音声や触覚を併用したほうが理解しやすい子どもがいます。全盲でも、幼少期の視覚経験や得意な表現方法は異なります。本人に「どちらが分かりやすいか」を尋ね、授業ごとに調整します。
分野別の教え方と教材例
数の概念・位取り
数字の記号だけを覚える前に、具体物と数を結び付けます。ブロック、コイン、ボタンなどを一つずつ数え、10個を一まとまりにします。「10の束が三つ、1が四つで34」のように、位取りを触って構成します。
- 物を一列に並べ、数えた物と未確認の物を分ける
- 5個、10個などまとまりを触覚で分かる配置にする
- 数直線は基準の0、目盛りの方向、間隔を確認する
- 大きな数は3桁ごとに区切り、読みと位を一致させる
たし算・ひき算・かけ算・わり算
筆算の位置がずれる場合は、マス目、位ごとの仕切り、磁石付き数字カードなどを使います。計算手順を暗記するだけでなく、「なぜ繰り上がるのか」「わり算は何を等しく分けるのか」を具体物で確かめます。
そろばんを使う場合は、指の置き方と珠の状態を言葉で確認します。電卓やアプリも有効ですが、概算と答えの妥当性を判断する力を同時に育てます。
分数・小数・割合
分数は、実際に分けられる物や、同じ大きさの円・長方形を使って、「全体をいくつに等しく分け、そのうちいくつか」を触って確認します。異なる大きさの物を使うと「二分の一はいつも同じ大きさ」という誤解が生まれるため、全体との関係を言葉にします。
- 小数は位取り表と金額・長さなど身近な量を結び付ける
- 割合は「比べる量」「もとにする量」「割合」を明確にする
- 百分率、歩合、小数の変換を同じ表で整理する
- 式を立てる前に、何を1と考えるかを確認する
図形
図形は、名称を覚えるだけでなく、辺、角、面、平行、垂直などの性質を触って確認します。三角形や四角形の板、折り紙、棒、輪ゴムを使うと、形を変えながら共通点を探せます。
- 図形の名前と、何を調べるかを伝える
- 外周を一周し、辺と頂点の数を確認する
- 基準となる辺や点を決める
- 内部の線、角度、長さを順番に確認する
- 最後に全体の関係を自分の言葉で説明する
立体では、実物を自由に触る時間を設けてから、面・辺・頂点を数えます。展開図と立体を行き来し、どの面がどこへ移るかを一枚ずつ確認します。
表・グラフ
表は、行と列の見出しを最初に確認します。「2行3列目」のように位置を共通言語にすると、先生と子どもが同じ場所を話せます。行を横に読むのか、列を縦に比較するのか、目的も先に伝えます。
グラフは、タイトル、横軸、縦軸、単位、目盛り、データの順に読みます。触図では複数の線が交差すると区別しにくいため、必要なデータだけに分けた図を用意する方法があります。弱視教材でも、色だけで線を区別せず、実線・破線・太さを併用します。
文章題
文章題では、必要な情報と不要な情報を整理します。数字だけを拾って計算するのではなく、登場する量、分かっていること、求めること、量どうしの関係を言葉で説明します。
整理の型:
①何が登場するか
②分かっている数と単位は何か
③何を求めるか
④増える・減る・分ける・比べるのどれか
⑤答えはどのくらいになりそうか
触図を読む基本手順
- 目的を知る:形を調べるのか、長さを比べるのかを確認する
- 向きをそろえる:紙の上下、手前・奥、左・右を確認する
- タイトルと凡例を読む:線や点の意味を先に理解する
- 外側から触る:全体の大きさと輪郭を確認する
- 基準点を決める:左下、原点、点Aなど戻れる場所を持つ
- 部分をたどる:一度にすべて触らず、一つの線や領域を追う
- 言葉にする:位置関係や特徴を自分で説明する
- もう一度全体へ戻る:部分どうしの関係をまとめる
両手を使い、片方の手を基準点に置き、もう片方で線をたどる方法もあります。触り方は子どもによって異なるため、速さだけで評価せず、正確に情報を再構成できているかを見ます。
先生が授業前に確認するチェックリスト
- 授業の目標と、視覚情報から読み取らせたい内容を分けたか
- 教材を本人が使う点字・拡大・音声形式で準備したか
- 図や表のタイトル、向き、凡例、単位が明確か
- 不要な線、色、装飾を減らしたか
- 板書や画面共有の内容を言葉で説明する準備があるか
- 本人が教材を確認する時間を授業計画に入れたか
- 答えを教えずにアクセスを支援できるか
- 本人が考えを説明する方法を選べるか
- 授業後に教材と学習結果を振り返る時間があるか
家庭でできる学習支援
家庭では、高価な教材がなくても、日常生活の中で数や形を学べます。料理で分量を量る、買い物で金額を比べる、時計で時間を計る、洗濯物を種類ごとに分けるといった活動です。
- 料理:カップ、スプーン、重さ、割合、時間
- 買い物:金額、予算、割引、単価、おつり
- 移動:距離、時間、速さ、方向
- 片付け:分類、順序、個数、容積
- ゲーム:確率、得点、順列、論理
間違えたときは、すぐに正しい手順を教えるのではなく、「どこまでは分かった?」「答えは予想より大きい?小さい?」と尋ねます。本人の説明を聞くと、計算ミスなのか、図の読み違いなのか、概念の理解なのかを区別できます。
オンライン学習で注意したいこと
オンライン授業では、講師の画面共有が受講者の支援技術へ伝わらない場合があります。教材を事前に送り、受講者自身の端末で開けるようにします。講師は画面上の操作だけでなく、式と図の変化を言葉で説明します。
- 使用するファイル形式とアプリを事前確認する
- 授業前にスクリーンリーダーや拡大機能で教材を開く
- 講師の説明と読み上げ音声が重ならないよう時間を分ける
- 触図や具体物は授業開始前に手元へ用意する
- 通信が切れた場合の連絡方法を決める
- 録音・録画は講師と参加者の許可を確認する
学校へ合理的配慮を相談するときの伝え方
「見えないので配慮してください」だけでは、学校側も具体的な準備を判断しにくいことがあります。学習場面と必要な方法をセットで伝えます。
相談例:
グラフを拡大しても複数の線を見分けにくく、読み取りに時間がかかります。授業前に線を減らした高コントラスト版を共有し、必要に応じて触図を使えると、自分で比較できます。定期テストでも同じ方法を相談したいです。
配慮は、教材、授業、宿題、評価で一貫していることが大切です。普段は触図で学んでいるのに、試験だけ小さな印刷図になると能力を適切に確認できません。担任、教科担当、特別支援教育コーディネーター、通級・特別支援学校の担当者と共有します。
よくある質問
Q.点字を使わない弱視の子どもにも触図は役立ちますか?
役立つ場合があります。複雑な図を目だけで追うと疲れる子どもは、見ながら触ることで位置関係を確認しやすくなります。視覚、触覚、音声を組み合わせ、本人が最も理解しやすい方法を選びます。
Q.電卓や生成AIを使うと計算力が育たないのでは?
学習目標によります。計算手順を身につける授業では自分で計算する時間が必要です。一方、複雑なデータから考察する授業では、計算を道具に任せて推論へ集中することもあります。生成AIの回答には誤りがあり得るため、根拠と計算過程を別の方法で確認します。
Q.触図を嫌がります。無理に使わせるべきですか?
触図が難しすぎる、読み方を学んでいない、触覚より拡大や具体物のほうが得意など、理由を確認します。簡単な形から練習し、目的が分かる教材を使います。触図だけに限定せず、立体、言葉、動作など別の表現も試します。
Q.普通学級でも点字・拡大教材を使えますか?
文部科学省は、点字教科書、拡大教科書、音声教材などの教科用特定図書等を案内しています。必要な教材や手続きは、学校、教育委員会、特別支援教育の担当者へ早めに相談してください。年度途中より、新年度前に準備を始めると調整しやすくなります。
Q.保護者が数学を教えられなくても支援できますか?
答えを教えることだけが支援ではありません。教材を使える状態にする、学習時間を確保する、子どもの説明を聞く、困った場所を学校へ伝えることも重要です。専門的な教材や指導が必要な場合は、学校や視覚障害教育の専門機関へ相談します。
まとめ:アクセスできれば、考える力を発揮できる
視覚障害のある子どもが数学でつまずいたとき、最初に「理解できない」と判断するのではなく、教材へアクセスできているかを確認してください。図の構造、数式の境界、表の行列、板書の変化が伝わっていなければ、考える前の段階で止まっています。
触図、具体物、点字、音声、拡大文字を組み合わせ、情報を順序立てて確認できる環境をつくります。そして、子ども自身が触り、計算し、間違い、説明する時間を守ることが、数学を学ぶ力につながります。
公式資料
公式情報の確認日:2026年8月30日。教材や支援方法は、子どもの見え方、発達段階、学習目標に合わせて調整してください。


