視覚障害のある子どもにとって、算数や数学はつまずきやすい教科の一つです。図形やグラフ、表など「見て理解する」ことを前提とした学習内容が多く、保護者の中には「どう支えればよいのだろう」と悩む方も少なくありません。
しかし、視覚障害があるからといって数学をあきらめる必要はありません。大切なのは、その子に合った学び方を見つけることです。今回は、視覚障害当事者であり、長年数学教育に携わってきた丸山訓英さんに、数学学習の壁や学び方の工夫について伺いました。
丸山訓英さんプロフィール
丸山訓英(まるやま のりひで)さんは、日本大学文理学部数学科を卒業後、北海道大学大学院理学研究科数学専攻修士課程を修了した数学教育の専門家です。
視覚障害当事者として学び続けてきた経験を持ち、筑波大学附属視覚特別支援学校の中学部・高等部で数学科教員として10年間勤務。授業だけでなく、定期テストや入試問題の作成、学習相談などを通じて、多くの視覚障害のある子どもたちの学びを支えてきました。
また、民間企業でシステム開発エンジニアとして働いた経験もあり、教育現場と社会の両方を知る数少ない存在です。現在は視覚障害のある子どもたち向けオンラインスクール「With Blind」にて数学指導を担当し、一人ひとりの見え方や理解度に合わせた個別支援を行っています。
丸山さんの授業で印象的なのは、「できないこと」ではなく「どうすればできるか」に目を向ける姿勢です。取材中も終始穏やかな口調で、「小さな成功体験を積み重ねることが何より大切」と語る姿が印象的でした。数学が苦手な子どもにも寄り添いながら、「わかった」という喜びを一緒に育てていく。そんな温かさを感じる先生です。
なお、With Blindについて詳しく知りたい方は、以下の公式サイトをご覧ください。
視覚障害のある子どもは、数学のどこでつまずきやすい?

視覚障害のある子どもが数学でつまずく理由は、計算力の問題だけではありません。図形やグラフ、数式など、視覚的な情報が多い教科だからこそ、概念を理解するまでに時間がかかることがあります。しかし、それは能力の差ではなく情報の受け取り方の違いによるものです。ここでは、丸山さんが考える主なつまずきのポイントを紹介します。
●視覚的な説明が前提になっている
●「わからない」のではなく「イメージできていない」
●全体像が見えると理解しやすくなる
視覚的な説明が前提になっている
数学の授業では、図形やグラフを見ながら説明を受ける場面が数多くあります。見えている子どもであれば一目で把握できる情報も、視覚障害のある子どもは言葉や触図、点字などを通して順番に理解していかなければなりません。
また、黒板全体を見渡して情報を整理したり、問題文と図を同時に確認したりすることも簡単ではありません。分数や指数のように配置そのものが意味を持つ数式では、構造を理解するまでに時間がかかることもあります。
「わからない」のではなく「イメージできていない」
丸山さん自身も、小学生の頃は計算問題が好きだったそうです。しかし、新しい概念を学ぶときには苦労することもありました。
ただ、それは理解する力がないからではなく、頭の中でイメージを作るまでに時間が必要だったからだと振り返ります。
例えば関数や図形の学習も、一度イメージができれば、その後の応用問題には十分取り組めるようになります。視覚障害のある子どもたちの困難は、「できない」のではなく「理解の入口が見つけにくい」ことにあるのです。
全体像が見えると理解しやすくなる
丸山さんが授業で大切にしているのは、まず全体像を伝えることです。特に証明問題では、「何を証明するのか」「どこへ向かうのか」が見えないと考えることが難しくなります。
そこで丸山さんは、証明を登山に例えて説明します。「今いる場所が条件で、山頂が結論。その間のルートを考えるのが証明です」と伝えることで、子どもたちは問題の構造を理解しやすくなります。全体像が見えることは、学習への安心感にもつながるのです。
視覚障害のある子どもに合わせた「数学の学び方」とは

視覚障害のある子どもにとって重要なのは、一般的な学習方法に合わせることではなく、自分に合った方法を見つけることです。見え方や理解の仕方は一人ひとり異なるため、点字や音声、ICT機器などを状況に応じて活用する必要があります。ここでは、丸山さんが実践している学び方の工夫について紹介します。
●子どもによって「わかりやすい方法」は違う
●数学では点字が大きな力になる
●ICT機器は「使い分け」が大切
●「少しわかった」を積み重ねる
子どもによって「わかりやすい方法」は違う
視覚障害といっても、見え方は一人ひとり異なります。全盲の子もいれば、拡大すれば読める子もいます。文字は見えるけれど図形が苦手というケースもあります。そのため、「視覚障害だからこの方法」と決めつけることはできません。
丸山さんが担当するWith Blindの授業でも、まずは子どもの見え方や認知特性を丁寧に把握することから始まります。With Blindは、視覚障害のある子どもたちへの学習支援に特化したオンラインスクールで、一人ひとりの特性や目標に合わせた個別指導を行っています。
授業はオンライン形式で行われますが、事前に教材を郵送し、同じ資料を見ながら進めるのが特徴です。全盲の子どもには言葉による説明を中心に、弱視の子どもには拡大教材を活用するなど、一人ひとりに合わせて柔軟に指導方法を変えています。
丸山さんは「教える側のイメージと、子どもの頭の中で作られるイメージをできるだけ近づけることが大切」と話します。
単に答えを教えるのではなく、概念を一緒に組み立てていく。その積み重ねが、視覚障害のある子どもの数学理解につながっていくのです。
数学では点字が大きな力になる
近年は音声読み上げソフトも発達していますが、数学では音声だけで理解することが難しい場面があります。分数や指数、複雑な数式は、耳で聞くだけでは構造を把握しにくいからです。
そのため丸山さんは、数学学習では点字による読解や記述を重視しています。実際に指で確認しながら読むことで、数式の形や構造を理解しやすくなるといいます。
ICT機器は「使い分け」が大切
点字ディスプレイやタブレットなどのICT機器は、学習を支える大きな助けになります。一方で、どんな場面でもICTが最適というわけではありません。
長い数式や計算過程を確認する場合には、紙の点字教材の方が理解しやすいこともあります。大切なのは最新機器を使うことではなく、その子にとって最も理解しやすい方法を選ぶことです。
「少しわかった」を積み重ねる
数学が苦手になる理由の一つは、「わからない状態」が続いてしまうことです。だからこそ丸山さんは、「一問解けた」「ここは理解できた」という小さな成功体験を大切にしています。
小さな達成感の積み重ねが自信につながり、やがて「数学って面白いかもしれない」という気持ちを育てていくのです。
数学は将来の進路や仕事にもつながっている

数学は受験のためだけに学ぶ教科ではありません。論理的に考える力や問題を整理する力は、社会に出てからも役立ちます。数学教師だけでなくエンジニアとしての経験も持つ丸山さんは、数学が将来の可能性を広げる力になると話します。ここでは数学と進路のつながりについて紹介します。
●数学は「考える力」を育てる教科
●元エンジニアだからこそ伝えられること
●AI時代にこそ必要な力
●視覚障害があっても可能性は広がっている
数学は「考える力」を育てる教科
数学では、条件を整理し、答えまでの道筋を考える力が求められます。こうした経験を通じて育つのが論理的思考力です。
社会に出ても、「どうすれば問題を解決できるか」を考える場面は数多くあります。数学は、その土台となる力を養ってくれる教科なのです。
元エンジニアだからこそ伝えられること
丸山さんは、教員として働いた後、民間企業でエンジニアとしてシステム開発に携わった経験があります。その経験から、数学で身につけた考え方は仕事にも直結すると感じているそうです。
課題を整理し、解決策を考え、形にしていく。このプロセスは数学の考え方と共通しています。
AI時代にこそ必要な力
AIが発達し、多くの単純作業は自動化される時代になりました。しかし、「何を作るべきか」「どんな課題を解決したいのか」を考えるのは人間の役割です。
だからこそ、論理的思考力や発想力の価値は今後さらに高まるでしょう。数学は、その力を育てる教科でもあります。
視覚障害があっても可能性は広がっている
現在はIT分野をはじめ、視覚障害のある人が活躍できる場面が増えています。支援技術の進歩によって、以前よりも多くの選択肢が生まれています。
数学を通じて身につく思考力は、将来の進路や仕事の可能性を広げる大きな力になるはずです。
「数学をあきらめなくていい」丸山さんから保護者へのメッセージ

子どもの学習を支えるうえで、保護者の関わり方はとても重要です。しかし、頑張って支えようとするほど不安や悩みを抱えてしまうこともあります。丸山さんは、子どもが自分で考える時間を大切にしながら、小さな成長を見守ることが重要だと話します。最後に保護者へのメッセージを紹介します。
●家庭で大切なのは「考える時間」
●「できた」を一緒に喜ぶ
●一人で悩まなくていい
家庭で大切なのは「考える時間」
子どもが困っていると、つい答えを教えたくなるものです。しかし丸山さんは、「まずは自分で考える時間を大切にしてほしい」と話します。
試行錯誤しながら答えを見つける経験は、学力だけでなく考える力そのものを育ててくれます。
「できた」を一緒に喜ぶ
保護者はどうしても苦手な部分に目が向きがちです。けれども、途中まで考えられた、自分から挑戦できたといった小さな成長にも大きな価値があります。
そうした成功体験を認めることが、子どもの自信につながります。
一人で悩まなくていい
学習の悩みを家庭だけで抱え込む必要はありません。With Blindでは、一人ひとりの見え方や学習状況に合わせた支援を行っています。
学び方が変われば理解も変わります。そして理解が変われば、子どもの未来も広がっていきます。
まとめ

視覚障害のある子どもにとって、数学には特有の学びにくさがあります。しかし、その多くは能力の問題ではなく、情報の伝わり方や学習環境によるものです。
点字や音声、ICT機器などを適切に活用し、その子に合った学び方を見つけることで、「わかる」「できる」は確実に増やしていけます。
もし今、お子さんの数学学習に不安を感じているなら、一人で悩まず相談してみてください。子どもに合った学び方を見つけることが、可能性を広げる第一歩になるはずです。


