「視力が低下したら、今の仕事は続けられないかもしれない」
中途視覚障害になった方の多くが、一度はそんな不安を抱えます。これまで当たり前にできていた仕事が難しくなり、将来への見通しを失ってしまうことも少なくありません。
しかし、必要な支援を受けながら新しい方法を学び、周囲と協力することで、それまで積み重ねてきたキャリアを生かし続けている人もいます。今回お話を伺ったのは、レーベル遺伝性視神経症(レーベル病)を発症しながらも、約1年3か月の休職を経て専門商社へ復職した中西さん(仮名)です。
取材当時の2026年現在は、営業担当として活躍するだけでなく、AIを活用した業務改善やブラインドゴルフにも挑戦し、新しい可能性を広げ続けています。取材を通して伝わってきたのは、「できないこと」を数えるのではなく、「どうすればできるか」を考え続ける姿勢でした。
この記事では、中西さんが復職までに歩んだ道のりと、現在の働き方、そして新しい挑戦についてご紹介します。
この記事でわかること
- レーベル病を発症してから復職するまでの歩み
- 中途視覚障害でも働き続けるための工夫
- 職場との対話や支援機関との連携
- AIを活用した新しい働き方
- ブラインドゴルフを通して広がった可能性
中西さんのプロフィール
- レーベル遺伝性視神経症(レーベル病)の当事者
- 専門商社で肥料原料の輸出入・営業を担当
- 約1年3か月の休職を経て復職
- With Blind AI講座受講
- ブラインドゴルフに挑戦中
※プロフィールは取材時点の内容です。
商社マンとして働き続けたい。その思いが復職への原動力になった

視力が低下しても、中西さんの「商社マンとして働き続けたい」という思いは変わりませんでした。この章では、その原動力となった仕事への思いをご紹介します。
この章では、次の内容をご紹介します。
- 海外を舞台に働くことへの憧れ
- 商社マンとして積み重ねた経験と誇り
海外を舞台に働くことへの憧れ
中西さんは大学でドイツ語を学び、短期留学で現地の文化や暮らしに触れました。異なる価値観を持つ人たちとの交流は、「海外と関わる仕事がしたい」という思いにつながります。
卒業後は水産品を扱う専門商社へ入社し、アラスカやオーストラリア、中国、台湾などへ出張しながら輸入業務や営業を担当しました。商談では、価格や品質だけでなく、現地の状況や取引先との信頼関係も大切にしてきたそうです。
現場へ行かなければ分からないことがたくさんありました
海外での営業では、メールや電話だけでは伝わらない情報や雰囲気があります。実際に現地を訪れ、取引先の担当者と顔を合わせて話すことで、お互いの信頼関係が深まり、その後の仕事にも生かされる場面が少なくありませんでした。
その経験が、商社マンとしての土台になったのです。
商社マンとして積み重ねた経験と誇り
その後、肥料原料を扱う現在の専門商社へ転職します。海外から原料を仕入れ、国内メーカーへ販売する仕事では、市場動向を分析し、お客様に必要な情報を提供することも重要な役割です。
長年の経験で培った知識や判断力は、中西さんにとって大きな財産になっていました。
だからこそ、レーベル病を発症したあとも、「仕事を辞める」というより、「どうすれば続けられるか」を考えたといいます。視力は変わっても、経験や信頼関係は失われません。
その思いが、復職への原動力になりました。
レーベル病を発症し、働き方を見つめ直した日々

レーベル病の発症は、中西さんの働き方を大きく変えました。しかし、その経験は働くことを諦めるのではなく、新しい働き方を考えるきっかけにもなりました。
この章では、次の内容をご紹介します。
- 高熱のあとに始まった視力の異変
- 「仕事を続けられないかもしれない」という不安
- 希望につながった当事者との出会い
高熱のあとに始まった視力の異変
2018年、高熱が出たあと、右目に違和感を覚えました。当初は一時的な体調不良だと思っていましたが、症状は改善せず、複数の医療機関で検査を受けることになりました。
遺伝子検査の結果、診断された病名はレーベル遺伝性視神経症でした。その後、左目にも症状が現れ、視力は急速に低下します。
営業に欠かせないパソコン画面や資料が見えづらくなり、仕事にも影響が出始めました。
「仕事を続けられないかもしれない」という不安
診断を受けた当時を振り返り、中西さんは「将来が見えなくなったような気持ちでした」と話します。営業という仕事は、資料を読み、メールを確認し、お客様のもとへ足を運びながら信頼関係を築いていく仕事です。
これまで当たり前にできていたことが少しずつ難しくなり、「このまま仕事を続けられるのだろうか」という不安が大きくなっていきました。インターネットで病気について調べても、「進行する」「治療法が限られている」といった情報ばかりが目に入ります。
これまで積み重ねてきたキャリアを失ってしまうのではないか。
会社に迷惑をかけてしまうのではないか。
そんな思いから、約1年3か月の休職を決断しました。しかし、この休職期間は「仕事を諦める時間」ではなく、「もう一度働くための準備期間」になっていきます。
希望につながった当事者との出会い
休職中、中西さんは某大学病院のロービジョン外来を通じて、地元の視覚障害者協会を紹介されました。そこで出会ったのは、自分と同じように視覚障害がありながら、それぞれの職場で働き続けている人たちでした。
見えなくても仕事を続けている人がいる
その事実は、中西さんの考え方を大きく変えます。それまで「働けるだろうか」と考えていた気持ちが、「どうすれば働き続けられるだろうか」という前向きな視点へ変わっていったのです。
その後、日本視覚障害者職能開発センターを紹介され、本格的に復職を目指すための訓練が始まりました。
復職への道を切り開いた訓練と職場との対話

復職は、訓練だけで実現したわけではありません。支援機関で新しい技術を学び、会社と働き方を話し合いながら、一歩ずつ復職への準備を進めていきました。
この章では、次の内容をご紹介します。
- 音声パソコンを学び、「できること」を増やしていった
- 会社と共有した「できること」と「難しいこと」
- 周囲の理解が復職への大きな力になった
音声パソコンを学び、「できること」を増やしていった
職能開発センターでは、歩行訓練だけでなく、仕事を続けるために必要なパソコン操作も学びました。
メールの送受信。
WordやExcelでの資料作成。
PowerPointを使ったプレゼンテーション資料の作成。
これまで目で見て操作していた作業を、スクリーンリーダーを使って行えるよう、一つひとつ練習を重ねていきます。最初は音声の速さについていけず、ショートカットキーを覚えることにも苦労したそうです。
それでも、「もう一度会社で働きたい」という思いが、毎日の訓練を支えてくれました。
新しい仕事を覚えるというより、今までの仕事を続けるための方法を身につける感覚でした
そう振り返る中西さんの言葉からは、仕事への強い思いが伝わってきます。
会社と共有した「できること」と「難しいこと」
訓練と並行して行ったのが、会社との話し合いです。中西さんは、「復職したい」という希望だけを伝えたわけではありません。
職能開発センターの担当者と相談しながら、
- 一人でもできること
- サポートがあればできること
- 現時点では難しいこと
を整理し、会社へ具体的に伝えました。
さらに、会社の担当者にも職能開発センターを見学してもらい、スクリーンリーダーを使ってパソコンを操作する様子を実際に見てもらったそうです。「見えないから働けない」のではなく、「働き方を工夫すれば仕事は続けられる」。
そのことを理解してもらえたことが、復職への大きな一歩になりました。
周囲の理解が復職への大きな力になった
2020年4月、約1年3か月の休職期間を経て、中西さんは職場へ復帰します。もちろん、以前とまったく同じ働き方ではありません。社内システムの一部ではサポートを受けることもありますし、取引先への訪問も同僚と一緒に対応する場面があります。
しかし、営業として培ってきた経験や専門知識は今も変わりません。会社も「できないこと」ではなく、「できること」に目を向けながら役割を考えてくれました。
中西さんは、「自分一人では復職できませんでした」と話します。支援機関、会社、そして周囲の理解があったからこそ、現在も商社マンとして働き続けることができています。
商社マンとして働き続けるための工夫

復職後は、新しい働き方を少しずつ築いてきました。支援機器や周囲の協力を取り入れながら、自分の強みを生かせる仕事に力を注いでいます。
この章では、次の内容をご紹介します。
- PCトーカーやJAWSを活用した業務スタイル
- 同僚との協力が仕事の可能性を広げてくれた
- 経験と専門知識を生かして働き続ける
PCトーカーやJAWSを活用した業務スタイル
現在も中西さんは営業担当として、海外・国内の取引先とのやり取りや市場情報の分析を担当しています。仕事を支えているのが、「PCトーカー」や「JAWS」といったスクリーンリーダーです。
メールの確認、資料作成、インターネットでの情報収集など、多くの業務を音声読み上げソフトで行っています。以前と同じ方法ではなくても、仕事を進める方法はあります。
中西さんは新しい技術を積極的に取り入れながら、自分らしい働き方を続けています。
同僚との協力が仕事の可能性を広げてくれた
現在の働き方で大きく変わったのは、「一人ですべてを抱え込まなくなったこと」だと中西さんは話します。
社内システムの一部はスクリーンリーダーでは操作が難しく、入力や確認を同僚へお願いすることがあります。また、取引先への訪問も、状況に応じて部長や同僚と同行する場面があります。
一方で、営業として長年培ってきた経験や専門知識は、今も変わらない中西さんの強みです。市場動向を読み取り、お客様に必要な情報を届ける力や、長年築いてきた信頼関係は、視力が変わっても失われるものではありません。
「以前と同じ働き方ではありませんが、自分にできる役割を果たしながらチームで成果を出すことを大切にしています」
その言葉からは、「一人で頑張る」のではなく、「周囲と協力しながら働く」という新しい働き方が伝わってきました。
経験と専門知識を生かして働き続ける
中西さんは現在も、新しい知識や技術を積極的に取り入れています。スクリーンリーダーの操作方法を工夫したり、新しいツールを試したりしながら、少しでも働きやすい環境を自らつくっています。
仕事を続けるためには、変化を受け入れながら、自分も変わっていくことが大切だと思っています
その姿勢は、これから復職や転職を考える中途視覚障害の方にとって、大きなヒントになるのではないでしょうか。
AIとの出会いが新しい働き方を広げた

復職後も、中西さんは「もっと効率よく働ける方法はないか」と考え続けていました。そんな中で出会ったのが、With BlindのAI講座です。AIは業務を効率化するだけでなく、自分自身の強みや可能性を見つめ直すきっかけにもなりました。
この章では、次の内容をご紹介します。
- With BlindのAI講座で広がった可能性
- Geminiを活用した情報整理と業務改善
- AIとの対話で再確認した自分の強み
With BlindのAI講座で広がった可能性
AIという言葉は以前から知っていたものの、「自分の仕事にどう生かせるのか」は分からなかったそうです。そんなときに参加したのが、With BlindのAI講座でした。
講座では、Googleの生成AI「Gemini」の操作方法だけでなく、「AIにどのような質問をすると、自分が求める答えに近づけるのか」という考え方も学びました。
実際に使ってみると、「難しそう」という印象はなくなり、「仕事を支えてくれる心強い存在」へと変わっていったといいます。
「まずは使ってみること。その一歩が大切でした」
新しいことへ挑戦する姿勢は、仕事にも良い変化をもたらしました。
Geminiを活用した情報整理と業務改善
現在はGeminiを活用しながら、海外から届くマーケット情報の整理や企業情報の収集、文章の要約などを行っています。商社には日々多くの情報が集まります。
その中から必要な情報を整理し、取引先へ分かりやすく伝えることは、営業担当として欠かせない仕事です。
AIを活用することで情報整理にかかる時間が短縮され、その分、お客様への提案内容を考えたり、市場動向を分析したりする時間を確保できるようになりました。もちろん、AIがすべてを判断するわけではありません。
最終的に内容を確認し、判断するのは自分自身です。だからこそ、中西さんはAIを「代わりに仕事をするもの」ではなく、「仕事を支えてくれるパートナー」と考えています。
AIとの対話で再確認した自分の強み
AIを使い始めて最も大きかった変化は、「自分には何ができるのか」を改めて見つめ直せたことでした。レーベル病を発症した当初は、「営業として積み重ねてきた経験も失われてしまうのではないか」という不安があったそうです。
しかし、AIと対話を重ねる中で気づいたのは、失ったのは視力であり、経験や知識ではないということでした。
海外市場を読み解く力。
情報を整理し、相手に分かりやすく伝える力。
取引先との信頼関係。
それらは今も変わらず、自分の強みとして残っています。
AIは答えを教えてくれるだけではありません。自分の考えを整理し、自分自身を客観的に見つめ直すきっかけにもなっています
AIとの出会いは、仕事の効率化だけでなく、自信を取り戻すきっかけにもなっていました。
ブラインドゴルフで見つけた、新たな挑戦

仕事だけでなく、人生そのものを楽しむことも大切にしたい。そんな思いから、中西さんはブラインドゴルフにも挑戦しています。
この章では、次の内容をご紹介します。
- ブラインドゴルフとの出会い
- 仲間との交流が前向きな力になった
- 挑戦し続ける姿勢が未来につながる
ブラインドゴルフとの出会い
ブラインドゴルフを始めたきっかけは、視覚障害者協会で知り合った仲間からの誘いでした。サポーターの声を頼りにクラブを振り、ボールを打つ。
最初は戸惑いもありましたが、思いどおりのショットが打てたときの喜びは、ゴルフならではの魅力だったそうです。
仲間との交流が前向きな力になった
ブラインドゴルフを通して得たものは、ゴルフの技術だけではありません。同じように視覚障害と向き合いながら仕事や趣味を楽しむ仲間との出会いが、大きな励みになっています。
情報交換をしたり、お互いの経験を語り合ったりする時間は、「また頑張ろう」という前向きな気持ちにつながっています。
挑戦し続ける姿勢が未来につながる
今回の取材を通して感じたのは、中西さんは特別なことをしてきたわけではないということです。病気になれば、不安になるのは自然なことです。
それでも、一人で抱え込まず、人とつながり、新しい知識を学び続けることで、「できること」は少しずつ増えていきました。
仕事ではAIを学び、休日にはブラインドゴルフを楽しむ。その積み重ねが、新しい働き方や人生につながっています。
まとめ|「できること」を増やすことが、新しいキャリアにつながる
レーベル病を発症したことで、中西さんの働き方は大きく変わりました。しかし、それはキャリアを諦めるきっかけではなく、新しい働き方を見つけるきっかけにもなりました。
支援機関との出会い、職能開発センターでの訓練、会社との対話、そしてAIとの出会い。一つひとつの経験を積み重ねながら、現在も商社マンとして活躍を続けています。
中途視覚障害になっても、それまで積み重ねてきた経験や知識、信頼関係まで失われるわけではありません。働き方は変わっても、自分らしく働き続ける方法はきっと見つかります。
中西さんの歩みは、「できないこと」を数えるのではなく、「できること」を増やしていくことの大切さを、静かに教えてくれるインタビューでした。
With Blindからのお知らせ
視覚障害があり、仕事の進め方やキャリア形成、生成AIの活用について悩んでいる方は少なくありません。
With Blindでは、同じような課題を経験してきた仲間や講師とつながりながら、学び直しやAI活用、働き方について相談できる講座やコミュニティを運営しています。
一人で抱え込まず、誰かと対話することで、新しい視点や可能性に気づけることがあります。
仕事や学び、生成AI活用について相談したい方は、オンラインスクールWith Blindの講座や個別相談をご活用ください。
※画像はイメージです。

