「これは視覚障害が原因なのか、それとも自分の経験不足なのか。その区別がつかなかったんです」
エネルギー関連企業の法務部門で働く山田翔登さんは、入社1年目をこう振り返ります。先天性緑内障により1歳半で全盲となった山田さんは、法律を学び、海外留学を経験し、企業法務の道へ進みました。しかし、豊富な学歴や専門知識があっても、社会人として仕事を覚える難しさと、視覚障害による障壁を切り分けることは簡単ではありませんでした。
この記事は「全盲でも法務職として活躍している」という成功談だけを紹介するものではありません。高校時代の出会い、コロナ禍による留学中止、スイスでの生活、入社後の葛藤、周囲との関係づくり、生成AIとの出会いが、どのように「仕事を待つ人ではなく、仕事をつくる人になりたい」という現在の目標につながったのかをたどります。そのうえで、視覚障害のある学生や若手社会人が再現できる行動へ落とし込みます。
山田翔登さんのプロフィール
- 先天性緑内障により1歳半で全盲
- 同志社大学大学院を経て、チューリッヒ大学大学院で国際法を学ぶ
- 環境犯罪をテーマに、日本法とEU法を比較した修士論文を執筆
- 現在はエネルギー関連企業の法務部門でコンプライアンス業務を担当
- 音声読み上げソフトを使って学習・業務に取り組む
- With BlindでAI活用やキャリア形成を学ぶ

物語の始まり|高校時代に見た「自分にもある可能性」
山田さんが法律の世界を自分の進路として意識したきっかけは、高校時代に参加した講演会でした。壇上にいたのは、視覚障害のある弁護士として活動する大胡田誠さんです。
「同じ視覚障害のある方が、法律という専門分野で活躍している姿を見て、自分にも可能性があるのではないかと思いました」
家族に法律関係の仕事をする人がいて、法律そのものは身近でした。それでも、自分の職業として選ぶには「実際に働いている人の姿」が必要でした。制度の説明より、一人の具体的な人生が進路の選択肢を広げたのです。
大学進学後は司法試験も視野に入れながら法律を学びました。ここで重要なのは、最初から現在の仕事まで一直線に進んだわけではないことです。関心のある分野を学び、人と出会い、計画が変わるたびに次の選択をしています。
最初の大きな予定変更|コロナ禍で留学が中止に
山田さんが予定していた海外留学は、コロナ禍によって中止となりました。努力して準備しても、自分では変えられない事情で計画が途切れることがあります。多くの人が進路を見直した時期でしたが、山田さんは留学そのものを諦めませんでした。
同志社大学大学院で学びを続け、その後、スイスのチューリッヒ大学大学院へ進みます。視覚障害のある人の海外生活には、大学の授業以外にも移動、住居、行政手続き、教材形式、支援依頼という課題があります。さらに外国語と文化の違いも重なります。
山田さんが取った方法は、すべてを一人で解決することではありませんでした。
「まずはいろいろな人と話してみるんです。その中で波長の合う人が見つかったら、少しずつ助けてもらう関係を作っていきました」
援助を一方的に依頼するのではなく、まず話し、信頼できる関係を少しずつ作る。その結果、国籍を超えた友人とのつながりも生まれました。この経験は、後の職場でも「周囲を巻き込むことは仕事のスキルである」という気づきにつながります。
留学を「経験」で終わらせず、論文として残す
チューリッヒ大学大学院で選んだテーマは環境犯罪でした。企業が河川を汚染した場合などに、どのような法的責任を問うべきかを、日本法とEU法の比較から研究しました。
「せっかく留学するなら、論文という形で残るものを作りたいと思いました」
その根底にあったのは、「より良い社会を作るために法律は何ができるのか」という問題意識です。知識を集めるだけではなく、異なる制度を比較し、答えが一つでない問題を考え続けました。
研究テーマは、後に勤務するエネルギー関連企業の事業とも重なります。留学時点で現在の仕事を予測して選んだわけではなくても、関心を深く掘り下げ、成果物として残した経験がキャリアの伏線になりました。
法務職の現場|専門知識を社会の仕組みへつなぐ
現在、山田さんは法務部門でコンプライアンス業務を担当しています。契約書の確認だけではありません。
- 海外公務員との会食や接待に関する申請審査
- 社内向けコンプライアンス啓発
- 人権デューデリジェンスに関する情報収集
- 社外セミナーへの参加と社内共有
企業に求められる責任は、法令遵守だけでなく、人権、環境、サプライチェーンへ広がっています。電力事業は社会インフラを支えるため、一つの不祥事が社会へ大きく影響します。職場では「コンプライアンスを守れない企業に事業を行う資格はない」という言葉があったといいます。山田さんはその重みを日々の業務で感じています。

入社1年目の壁|障害と経験不足を切り分けられない
入社1年目、山田さんは内部通報対応を担当しました。法律知識だけで進められる仕事ではありません。事実関係を慎重に確認し、関係者の話を聞き、組織の手順に沿って判断する必要があります。
仕事が思うように進まないとき、それが読み上げにくい資料や画面の問題なのか、若手として経験が足りないためなのか、本人にも分かりませんでした。障害がある社会人に起こりやすいのは、すべてを障害の問題にされることと、反対に障害による障壁まで本人の努力不足にされることです。
解決の第一歩は、困りごとを一つずつ分けることです。
| 確認すること | 具体例 |
|---|---|
| 技術的な障壁 | 画像PDF、読み上げ非対応システム、視覚だけの通知 |
| 知識・経験 | 社内手順、判断基準、過去事例をまだ知らない |
| 説明不足 | 成果物の完成条件や優先順位が共有されていない |
| 業務設計 | 本人ができる工程と支援が必要な工程が未整理 |
分類できれば、アクセシブルな形式、研修、上司のレビュー、工程分担など、原因に合う対策を選べます。
転機|相談できる文化の中で「周囲を巻き込む」
支えになったのは、所属する法務部のコミュニケーション文化でした。上司を含め下の名前で呼び合い、困ったことを相談しやすかったといいます。自分にできること、難しいことを率直に共有できました。
視覚障害があると「迷惑をかけたくない」と一人で抱え込みやすくなります。しかし山田さんは、働く中で、一人で頑張ることだけが自立ではなく、必要な人を巻き込みながら成果を出すことも重要な能力だと気づきました。
職場で使える相談テンプレート
この業務のうち、文章の確認と論点整理は自分でできます。一方、画像化された資料の読み取りに時間がかかります。元のWordやExcelを共有してもらうか、図の要点をテキストで補足してもらえれば、全体を担当できます。まず2回試し、作業時間と確認回数を振り返りたいです。
「仕事を待つ」から「仕事をつくる」へ
社会人になった当初は、与えられる仕事を待つ場面もありました。しかし、期待されていることが分からず、与えられた範囲だけでは自分の価値を示しにくいと感じます。そこで、自分から学び、提案し、関係を作る方向へ変わりました。
小さな提案の積み重ねが新しい仕事につながり、現在は「仕事を待つ人ではなく、仕事をつくる人になりたい」と考えています。「配慮を受ける側」で終わらず、継続力、論理的思考力、国際的視点を組み合わせて組織へ価値を返したいという目標です。
これは配慮を断るという意味ではありません。必要な配慮を使って障壁を減らし、専門性を発揮できる工程を増やすことです。
生成AIが埋めたのは「専門性」ではなく時間の差
資料作成や大量の情報整理には、視覚障害によって時間がかかる部分があります。山田さんは、文章の要約や整理、アイデア出しに生成AIを活用し、本来集中すべき検討へ時間を使えるようになったといいます。メンターであるエンジニアの先輩とも意見交換を重ねています。
ただし、法務でAIの回答をそのまま採用することはできません。条文、施行日、判例、社内規程、引用元を一次資料で確認し、契約書、相談内容、個人情報、未公開情報を承認なく入力しません。
- 会社が承認したAI環境と入力ルールを確認する。
- 秘密情報を除いた公開情報や架空データで論点を整理する。
- 出力から法令名、条文、数値、引用を抜き出す。
- e-Gov、官公庁資料、原文で確認する。
- AIが落とした例外や反対意見を人が検討する。
- 最終判断と説明責任は担当者が持つ。
With Blindに求めたのは、成功談の「裏側」
山田さんの職場には視覚障害者が自分しかいません。With Blindへ参加した理由は、「同じ視覚障害のある人たちが、実際にどう働いているのか知りたかった」からでした。
知りたかったのは華やかな結果だけではありません。仕事で何につまずき、どう工夫し、AIをどう使い、キャリアをどう考え直したのかという過程です。同じ障害があっても環境や考え方は異なります。多様な経験に触れることで、自分の方法を選び直せます。
山田さんの歩みから読者が実践できる7つのこと
- ロールモデルを探す:同じ職業でなくても、選択肢を広げた人の話を聞く。
- 計画変更を失敗にしない:目的を残し、別の経路を探す。
- 成果を形にする:論文、報告書、資格、実績として残す。
- 人と話す:最初から理想の支援者を探さず、関係を少しずつ作る。
- 障壁を分解する:技術、経験、説明、業務設計を混同しない。
- 小さく提案する:限定した業務で試し、結果を共有する。
- AIは検証付きで使う:時間を補助させ、判断は手放さない。
よくある質問
全盲でも法務職を目指せますか?
山田さんのように働く人はいますが、同じ経路が全員に当てはまるわけではありません。法律の学習だけでなく、教材形式、試験上の配慮、支援技術、職場の業務設計を早めに確認します。
海外留学では何を準備すべきですか?
大学の障害学生支援、教材の電子化、試験配慮、住居、移動、医療、保険、現地での相談先を出発前に確認します。本人だけでなく大学と受け入れ機関の役割を明確にします。
仕事の困難が障害か経験不足か分かりません
工程を分け、アクセシブルな条件でも難しいかを試します。上司と完成条件を確認し、研修と配慮を同時に検討してください。
法務で生成AIを使う際の最大の注意は?
機密情報を無断で入力せず、条文・判例・引用を一次資料で確認し、最終判断をAIへ任せないことです。
まとめ|心を動かした出会いが、次の人の選択肢になる
山田さんのキャリアは、高校時代に大胡田誠さんの姿を見て「自分にも可能性がある」と思ったところから始まりました。留学中止、異文化での生活、入社後の葛藤という出来事を、誰かとつながりながら次の行動へ変えてきました。
現在の目標は、法律、国際的視点、生成AIを組み合わせ、「仕事をつくる人」になることです。この記事を読んだ誰かが、山田さんの言葉から自分の次の選択肢を見つけるなら、かつての講演会と同じように、経験が次の人へ手渡されていきます。
2026年8月30日確認の参考情報:


