「困っているなら言ってください」は、相手を気遣う善意の言葉です。しかし、視覚障害のある社員にとっては、「何が起きているかを自分で把握し、必要な支援を考え、適切な相手へ説明する」という三つの負担を一度に引き受ける言葉にもなります。
本当に働きやすい職場をつくるには、上司や同僚が何でも先回りする必要はありません。「今の状況を具体的に伝える」「選べる支援を示す」「本人の希望を確認する」という小さな対話が有効です。
この記事では、全盲のビジネスパーソンとして働いてきた経験を踏まえ、曖昧な声かけが困りやすい理由、視覚障害者が職場で直面しやすい障壁、会議・資料・移動・研修など場面別の声かけ例、合理的配慮を継続する手順を2026年版として解説します。視覚障害のある本人だけでなく、上司、人事、同僚、採用担当者にも使える実践ガイドです。
結論:「困ったら言って」から「状況+選択肢+確認」へ
伝わりやすい声かけには、次の三つがあります。
- 状況:見えている人が把握できる変化や、これから行うことを具体的に伝える
- 選択肢:会社や自分が提供できる対応を一つか二つ示す
- 確認:どの方法がよいか、別の方法が必要かを本人へ尋ねる
例:「会議資料は画像を含むPDFです。テキスト版も用意できます。事前送付と当日説明のどちらが使いやすいですか?」
この言い方なら、本人はゼロから問題を探し、支援方法を考える必要がありません。同時に、会社側が勝手に方法を決めず、本人の選択を尊重できます。
なぜ「困っているなら言って」が困るのか
1.本人には状況そのものが見えていない場合がある
視覚情報で起きている変化は、見えない人には認識できないことがあります。席の配置が変わった、共有画面に警告が出た、資料の一部だけ赤字になった、ホワイトボードへ新しい図が書かれた、といった変化です。状況を認識できなければ、「困っている」と申告するきっかけも持てません。
周囲から見ると黙っているように見えても、本人が問題なく理解しているとは限りません。「今、画面に三つの案が表示されています」「会議室の入口前に荷物があります」のように、視覚情報を短く言葉へ置き換えるだけで判断できるようになります。
2.助けを求めるまでの説明コストが高い
支援を頼むには、自分の見え方、使用しているスクリーンリーダー、操作できない箇所、業務への影響、希望する方法を説明しなければならないことがあります。毎回違う相手へ同じ説明をすると、本来の仕事とは別に大きな時間と精神的負担が生じます。
一度合意した配慮は、本人の同意を得た範囲でチームの手順にします。「会議資料は前日までに共有」「画像には説明を付ける」「座席変更時は本人へ連絡」と決めれば、毎回お願いする負担を減らせます。
3.評価への不安から言い出しにくい
忙しい職場では、「質問が多いと思われないか」「能力不足と評価されないか」「周囲の手を止めてしまわないか」と考え、困っていても言い出しにくいことがあります。特に入社直後、異動直後、試用期間中は遠慮が強くなりがちです。
上司から定期的に確認する仕組みがあると、本人だけが相談のタイミングを判断せずに済みます。「毎週の面談で、業務・ツール・移動の三項目を確認しましょう」と枠を決める方法が有効です。
職場の合理的配慮とは
雇用の分野では、障害者雇用促進法に基づき、事業主には障害者への差別禁止と合理的配慮の提供が求められています。厚生労働省の合理的配慮指針では、必要な措置は障害の状態や職場の状況に応じ、多様で個別性が高いものとされています。
合理的配慮は「何でも希望どおりにすること」でも、「本人の仕事を周囲が代わりに行うこと」でもありません。仕事の本質的な目的を保ちながら、社会的な障壁を取り除き、能力を発揮できる方法を本人と会社が話し合って考えることです。
- 本人の申出や困りごとを確認する
- 業務上の障壁がどこにあるかを具体化する
- 実施できる方法と代替案を検討する
- 本人と会社の双方が納得できる方法を試す
- 業務や環境の変化に合わせて見直す
雇用分野の根拠や事例は、厚生労働省「雇用分野における障害者への差別禁止・合理的配慮」で確認できます。
場面別:曖昧にしない声かけと配慮の例
| 場面 | 曖昧になりやすい言葉 | 具体的な伝え方 |
|---|---|---|
| 会議資料 | 読めなければ言ってください | 資料はPDFです。画像部分は説明を付け、テキスト版も事前に送れます |
| 会議中 | ここを見てください | 3ページの表、売上合計の行を説明します |
| 移動 | 危ないですよ | 右前方一歩の場所に段ボールがあります。左側を通れます |
| 業務依頼 | できる範囲でお願いします | 目的は顧客別の件数集計です。入力と確認のどこに調整が必要ですか |
| 研修 | 分からなければ質問してください | 画面共有の内容は読み上げます。操作時間が必要なときは止めます |
| レイアウト変更 | 配置が変わりました | 机は二列から三列になり、入口から自席までの通路が狭くなりました。一緒に確認しますか |
会議・オンライン会議
- 発言の前に名前を名乗る、または司会が発言者名を伝える
- 「これ」「あれ」「右側」だけでなく、項目名や位置関係を説明する
- チャットだけに重要情報を流さず、口頭でも伝える
- 画面共有でカーソルを動かすだけでなく、操作内容を言葉にする
- 投票やリアクション機能が支援技術で操作できるか事前に確認する
- 会議資料を可能な範囲で事前共有する
会議中にすべてを詳しく説明すると進行が止まる場合は、重要な結論だけその場で言語化し、詳細を会議後に確認する方法もあります。本人へ「その場での説明」と「後で個別確認」のどちらがよいか尋ねましょう。
資料・メール・社内システム
- 画像だけのPDFではなく、検索・コピーできるテキストを用意する
- Wordの見出し機能、表の見出し行、箇条書きを正しく設定する
- 画像、グラフ、図には目的が分かる代替テキストや本文説明を付ける
- 色だけで「必須」「エラー」「進捗」を区別しない
- ファイル名を「最終版」「修正版」だけにせず、内容と日付を含める
- 社内システム更新前に、キーボード操作とスクリーンリーダーで確認する
アクセシブルな資料は、視覚障害者だけのためではありません。見出しが整理された文書は検索しやすく、音声入力や小さな画面でも利用しやすくなります。会社全体の標準にすると、個別対応の回数も減らせます。
職場内の移動・座席
- 通路へ一時的に荷物を置かない。置く必要がある場合は場所を伝える
- 座席、会議室、複合機、休憩室の配置変更を事前に共有する
- 初めて使う場所は本人の希望を聞きながら一緒に確認する
- 身体や白杖を急につかまず、声をかけてから誘導方法を尋ねる
- 避難経路と災害時の連絡・誘導担当を平時に確認する
「いつでも案内します」だけでは、案内を頼む相手が見つからないことがあります。来客対応や別フロアへの移動が多い仕事では、連絡手段、待ち合わせ場所、代替担当者まで決めておくと実用的です。
視覚障害者本人が相談するときの伝え方
配慮を求める本人が、医学的な説明を完璧に行う必要はありません。「仕事のどの部分で」「何が障壁になり」「どの方法ならできるか」を伝えると、業務の話として相談しやすくなります。
相談テンプレート:
現在、〇〇の業務で△△が確認できず、□□に時間がかかっています。私は普段、スクリーンリーダーとキーボードで操作しています。テキスト形式の資料を前日までに共有してもらえれば、自分で内容を確認できます。難しい場合は、代替方法を一緒に相談したいです。
希望する方法が分からない場合は、「現時点では解決方法が分からないので、試しながら決めたい」と伝えて構いません。本人だけで解決策を設計するのではなく、上司、人事、情報システム担当、支援機関などと役割を分けます。
上司・人事が合理的配慮を進める7ステップ
- 目的を確認する:本人が担当する仕事の目的と期待する成果を共有する
- 障壁を分解する:読む、入力する、移動する、判断するなど作業単位で確認する
- 本人の方法を聞く:普段使う端末、支援技術、得意な方法を確認する
- 複数案を出す:資料形式の変更、手順変更、補助機器、人的支援などを検討する
- 小さく試す:期限と試行期間を決め、実際の業務で試す
- 結果を記録する:できたこと、残った障壁、次回の変更点を整理する
- 定期的に見直す:異動、昇進、システム更新、見え方の変化に合わせて再確認する
配慮の内容を記録するときは、病名や私生活の情報を必要以上にチームへ共有しないことも大切です。「資料はテキスト形式で共有する」など、仕事に必要なルールだけを、本人の同意範囲で共有します。
一度決めた配慮を終わりにしない
合理的配慮は、入社時に一度決めれば終わりではありません。担当業務、チーム、オフィス、利用システムが変われば、以前は問題なかった方法が使えなくなることがあります。逆に、本人が操作に慣れ、新しい支援技術を使えるようになれば、不要になる支援もあります。
| 見直すタイミング | 確認すること |
|---|---|
| 入社・異動・昇進 | 新しい業務、場所、関係者、使用ツール |
| システム更新 | キーボード操作、読み上げ、認証、エラー表示 |
| オフィス移転・座席変更 | 通路、設備、避難経路、案内方法 |
| 見え方や体調の変化 | 文字サイズ、音声、休憩、通勤方法 |
| 定期面談 | 有効だった配慮、残る障壁、新しい希望 |
善意でも避けたい対応
- 確認せず仕事を外す:「見えないから難しいだろう」と機会を奪わず、障壁と代替方法を検討する
- 急に身体や白杖をつかむ:驚きや転倒につながるため、先に声をかける
- 同僚だけで配慮を決める:本人にとって使いにくい方法になる可能性がある
- 一人の経験を全員へ当てはめる:同じ病名や全盲・弱視でも使いやすい方法は異なる
- 感謝を求める:必要な環境調整を特別な親切として扱わない
- できない理由だけを聞く:できる条件、代替手段、仕事の目的を一緒に確認する
職場で使えるチェックリスト
- 資料はスクリーンリーダーや画面拡大で確認できるか
- 画像やグラフの重要情報が言葉でも説明されているか
- 会議で発言者と話題の切り替わりが分かるか
- 社内システムをキーボードだけで操作できるか
- 通路、座席、避難経路の変更が本人へ伝わっているか
- 相談先と代替担当者が明確か
- 配慮内容を本人の同意範囲で共有しているか
- 配慮の効果を確認する日程が決まっているか
- 本人が挑戦したい業務やキャリアの希望を確認しているか
よくある質問
Q.本人から申出がない場合、何もしなくてよいですか?
本人が状況を把握できない、評価への不安がある、相談先が分からないなど、申出が難しい場合があります。会社側から「資料形式や移動で調整が必要なことはありますか」と具体的に確認することが有効です。ただし、障害について答えることを強制せず、必要な業務環境を話題にします。
Q.視覚障害者には必ず音声資料を用意すべきですか?
必ずしも音声が最適とは限りません。テキスト、点字、拡大文字、音声など、使いやすい形式は人によって異なります。本人が普段どの方法を使っているかを確認してください。構造化されたテキスト資料なら、スクリーンリーダー、点字ディスプレイ、画面拡大など複数の方法で利用しやすくなります。
Q.配慮すると仕事の基準を下げることになりませんか?
合理的配慮は、仕事の本質的な成果を免除することではありません。成果へ到達する途中の障壁を調整する考え方です。たとえば報告書作成という成果は変えず、読み取れない画像PDFをテキストへ変更することで、本人が能力を発揮できるようにします。
Q.どこまで対応すればよいか判断できません。
本人の希望、業務への影響、実施可能性を整理し、建設的な対話を重ねます。一つの案が難しくても、目的を満たす別の方法を検討します。社内だけで判断が難しい場合は、ハローワーク、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センターなどへ相談する方法があります。
Q.配慮について同僚へどこまで伝えるべきですか?
本人の同意なく、病名や障害に関する個人情報を広く共有しないことが基本です。業務上必要な相手へ、必要な範囲で「会議資料は事前にテキストで共有する」など具体的な運用を伝えます。誰に何を伝えるかを本人と確認しましょう。
まとめ:助けを待つ職場から、対話できる職場へ
「困っているなら言ってください」という言葉が悪いわけではありません。問題は、状況把握、解決策の設計、依頼のタイミングをすべて本人へ委ねてしまうことです。
「資料は画像PDFです」「テキスト版も用意できます」「どちらが使いやすいですか」と、状況、選択肢、確認の順に伝えるだけで、対話は具体的になります。一度決めた配慮をチームの仕組みにし、環境が変わったら見直すことが、本人の能力と職場全体の生産性を生かすことにつながります。
公式情報・相談先
制度情報の確認日:2026年8月30日。具体的な対応は、本人の状況、職務、職場環境によって異なります。


