「安全のため、今回は出張から外れてください」
そう言われたら、反対しにくいかもしれません。
事故を防ぎたい。無理をさせたくない。そこには、善意も責任感もあります。
けれど、「安全」という言葉だけで本人を仕事から外したら、その人の経験やキャリアはどうなるでしょう。
今回の舞台は、視覚障害のある社員が多数を占める架空の会社「リバース社」。開発職の森は、見える人です。
森は半年間、新しい生産管理システムの導入を担当してきました。地方工場での最終確認にも、当然参加するつもりでした。
ところが、月曜日の朝。出張予定表から、森の名前だけが消えていました。
この記事で描く問題
リバース社では、見える社員について「移動中に視覚情報へ気を取られるから危険」と考え、本人へ確認せず出張から外すことがありました。
伝えたいこと:安全配慮とは、機会を先に取り上げることではありません。危険を具体的に分け、本人と対策を考え、参加できる方法を探すことです。
担当者なのに、予定表から名前が消えた
出張先は、北関東にある製造工場です。
森は、工場側への聞き取りから画面設計まで担当してきました。現場の動線を確認し、端末の設置位置を決めるのが、今回の出張の目的です。
予定表には、上司の黒田と若手社員の名前だけがありました。
森「黒田さん。私の名前がありません。入力漏れでしょうか」
黒田「漏れではありません。今回はオンラインで参加してください」
森「なぜですか。現地確認まで含めて、私の担当だと聞いていました」
黒田「駅から工場まで歩く区間があります。構内にはフォークリフトも走っています。安全を考えると、見える人を連れていくのは難しいと判断しました」
森は、言葉を選びました。
森「駅からの経路や工場の動線を、私と確認しましたか。どんな調整があれば行けるか、聞きましたか」
黒田「事故が起きてからでは遅いでしょう。あなたを守るためです」
黒田に悪意はありませんでした。
だからこそ、森は反論しづらくなりました。「安全に反対する人」のように見られそうだったからです。
出張から外れると、仕事の一部も失われる
出張は、単なる移動ではありません。
現場の人と関係をつくる。資料に書かれていない情報を得る。その場で判断する。次の仕事を任される実績をつくる。
こうした機会は、オンライン参加だけでは完全に置き換えられません。
森「安全の話だけではありません。現場を知らないまま、導入後の責任だけを負うことになります」
黒田「オンラインでも説明は聞けます。無理に現地へ行く必要はありません」
森「行けないと決めたのは、私ではありません。必要な条件を検討する前に、会社が決めています」
森は出張へ行きたい理由を、冒険や意地で話しているのではありません。
担当業務を果たすために、現地でしか得られない情報が必要だと説明していました。
画面の向こうでは分からなかったこと
出張当日。森は会議室からオンラインで参加しました。
現地のカメラには、会議用の資料と工場長の顔が映っています。
工場内を歩く時間になると、通信が不安定になりました。機械音で声も聞き取りにくくなります。
森「端末を置く通路の幅を教えてください。台車と人が同時に通れますか」
現地社員「写真を送ります。たぶん問題ないと思います」
送られた写真には、床の段差や機械の音、交代時間に人が集中する様子までは写っていませんでした。
その場では「設置可能」と判断されました。
数日後。端末の設置予定場所が、フォークリフトの一時待機場所と重なっていることが分かりました。
設計をやり直し、導入日は一週間延びました。
森「私は安全のために外されました。でも、現場を確認しない計画のほうが、安全ではありませんでした」
黒田は反論できませんでした。
森を現場から遠ざけたことで、チームは別の危険を見落としていたのです。
黒田と佐伯の意見がぶつかる
再発防止会議には、人事の佐伯も参加しました。
黒田は、判断の理由を説明しました。
黒田「本人に何かあれば、出張を許可した私の責任になります。安全側に判断したつもりです」
佐伯「安全側とは、具体的にどちら側ですか」
黒田「危険な場所へ行かせない側です」
佐伯「危険な場所なのに、ほかの社員は行かせています。森さんだけを外した根拠は何ですか」
黒田「見えることで、移動中に情報が多く入り、注意が散るかもしれないと……」
森「それは、私が実際に困っていることですか。それとも、会社が想像したことですか」
会議室が静かになりました。
黒田は、経路も工場のルールも調べていませんでした。森が一人で移動できる範囲も、必要な支援も聞いていませんでした。
「危険かもしれない」という想像だけが、出張禁止の根拠になっていました。
安全配慮と機会の制限は同じではない
危険を無視して本人の希望だけを優先すればよい、という話ではありません。
会社には、安全を確保する責任があります。
同時に、障害や身体の特徴だけを理由に、本人へ確認せず仕事の機会を外さないことも重要です。
必要なのは、「行かせる」「行かせない」の二択ではありません。
どこに、どんな危険があるのか。対策によって、どこまで減らせるのか。本人と会社が一緒に確かめることです。
| 曖昧な判断 | 具体的に確認すること | 考えられる対策 |
|---|---|---|
| 移動が危ない | 危険なのは駅、道路、構内のどこか | 送迎、タクシー、経路変更、待ち合わせ |
| 現地対応が難しい | どの作業や情報取得に障壁があるか | 事前資料、案内担当、機器、休憩時間 |
| 同行者の負担が大きい | 必要な支援と通常の同行業務を分ける | 役割分担、現地スタッフの協力、外部支援 |
| 緊急時が心配 | 避難経路、連絡方法、責任者は誰か | 緊急連絡先、集合場所、避難手順の共有 |
「本人が行きたいなら自己責任」でもない
会議の途中で、黒田は別の案を出しました。
黒田「では、森さんが行きたいと言うなら、自己責任で参加してもらう形でしょうか」
佐伯「それも違います。禁止するか、本人へ責任を押しつけるか。その二択ではありません」
森「私は危険を全部引き受けたいのではありません。仕事に必要な安全対策を、一緒に考えてほしいんです」
合理的配慮は、会社の責任をなくすものではありません。
本人にすべてを任せるものでもありません。
本人が持つ経験と、会社が持つ現地情報を合わせ、現実的な方法をつくる過程です。
危険を分けて確認する
三人は、次回の出張について項目ごとに確認しました。
| 場面 | 確認した危険 | 決めた対応 |
|---|---|---|
| 駅から工場 | 歩道が狭く、朝は交通量が多い | 駅からタクシーを利用する |
| 工場入口 | 受付端末が音声中心で視覚表示が少ない | 現地担当者と入口で待ち合わせる |
| 工場内 | フォークリフトと歩行者の動線が交差する | 指定通路を使い、現地担当者が案内する |
| 緊急時 | 非常放送が音声のみ | 避難場所を事前確認し、文字連絡も併用する |
検討すると、森だけに関係する問題ではないことも分かりました。
非常放送が聞こえにくい社員。初めて工場へ来る社員。日本語の音声案内が分かりにくい来訪者。
出張手順を整えることは、多くの人の安全につながります。
一か月後、森は現地へ向かった
再訪の日。森は駅からタクシーに乗り、工場入口で現地担当者と合流しました。
構内では、作業を止めずに通れる指定通路を使いました。
端末の候補地へ着くと、森は実際の明るさ、反射、作業員の動きを確認しました。
さらに、機械音が大きい場所では音声案内が聞き取りにくいことを指摘しました。
チームは、画面表示と振動通知も使える端末へ変更しました。
黒田「森さんが参加したことで、見える人だけでなく、音声を聞き取りにくい人の危険も減りました」
森「安全は、私を遠ざけることではありません。現場にいる人と一緒につくるものです」
佐伯「出張できるかを属性で決めず、仕事と環境を一件ずつ確認する。これを会社の手順にしましょう」
森は出張報告書に、システムの課題だけでなく、移動と安全対策の改善点も残しました。
次に出張する社員は、障害の有無にかかわらず、その情報を使えるようになりました。
善意が壁になるとき
| 善意から出た言葉 | 本人に起きること | 言い換えたい問い |
|---|---|---|
| あなたの安全のため | 本人抜きで機会が消える | どこに危険があり、何があれば参加できますか |
| 無理をさせたくない | 挑戦する意思まで否定される | 本人が無理だと感じる条件は何ですか |
| 会社として責任を負えない | 責任が本人へ押し戻される | 会社が整えるべき対策は何ですか |
善意があることと、判断が公平であることは別です。
本人の声を飛ばした善意は、本人の選択肢を静かに減らすことがあります。
明日からできる三つのこと
- 「危険」を場所と場面に分ける
障害名や印象ではなく、移動、宿泊、現場作業、緊急時ごとに確認します。 - 本人を判断の場へ入れる
できること、難しいこと、必要な支援を本人に尋ねます。本人抜きで結論を出しません。 - 対策後に残る危険を一緒に評価する
試行し、出張後に振り返り、次の社員も使える手順として記録します。
チームで確認したい問い
その人を出張から外す前に、危険の中身を本人と一緒に確かめたでしょうか。
「安全」という言葉が、検討を終わらせる結論になっていないでしょうか。
立場を逆転すると見えてくること
リバース社では、見えることが少数派の特徴です。だから森は、「見える人は移動が危ない」と一括りにされました。
現実の職場では、障害のある社員が「危ないから」「負担になるから」と、出張や現場業務から外されることがあります。
その判断が積み重なると、経験、評価、昇進、人とのつながりまで差が開いていきます。
安全配慮は、機会を減らすための言葉ではありません。
機会へ届く道を、安全につくるための取り組みです。
森「行かせるかどうかを決める前に、どうすれば行けるかを一緒に考えてください」
登場人物
- 森:開発職。見える人。工場向けシステムを半年間担当してきた。
- 黒田:森の上司。弱視。安全責任への不安から、本人へ確認せず出張から外す。
- 佐伯:人事担当。危険を具体化し、本人と対策を検討する手順を提案する。
参考資料
※リバース社、人物、会話は、職場で起こり得る課題を伝えるために再構成した創作です。特定の企業や個人を示すものではありません。
「立場を逆転して考える」シリーズ
いつもの「当たり前」を反対側から眺めると、見えにくかった壁が見えてきます。気になるテーマからお読みください。


