舞台は、視覚障害のある社員が多数を占める架空の会社「リバース社」です。ここでは、見える人が少数派。いつもの職場の「当たり前」を、立場を逆転させて見つめます。
今回の舞台は、新サービスを取引先へ提案する会議です。企画責任者の長谷川には、資料操作を補助する支援者が同席していました。
ところが、質問はすべて支援者へ向けられます。長谷川は席にいるのに、会議にいない人のように扱われました。
この記事で描く問題
支援を利用しているというだけで、本人には説明も判断もできないと決めつけられる。すると本人は、発言だけでなく、仕事の責任や評価からも外されます。
伝えたいこと:まず本人に話しかける。支援者の役割は、本人に確認する。支援を受けることと、意思決定する力は別の話です。
会議室に入ったのは、三人だった
長谷川は、リバース社の商品企画担当です。
半年かけて、新しい予約サービスを設計しました。市場調査を行い、利用者の声を集め、価格案も作りました。
長谷川は見える人です。リバース社で標準になっている音声だけの会議システムは、一部の操作が使いにくいため、資料操作を補助するリンが同席します。
会議の前に、長谷川は役割を確認しました。
長谷川「スライドの切り替えと、音声チャットに届く質問の読み上げをお願いします。説明と判断は、私が担当します」
リン「分かりました。必要なときは、長谷川さんから声をかけてください」
取引先からは、営業部長の柴田と二人の担当者が参加しました。
全員が名乗りました。長谷川も「企画責任者です」と伝えました。
それでも、柴田が最初に向いたのはリンでした。
柴田「長谷川さんには、こちらの声は分かりますか」
質問されたリンは、すぐに答えませんでした。
長谷川「聞こえています。私への質問は、私にお願いします」
柴田「ああ、すみません。支援の方を通したほうがよいと思いまして」
長谷川は、短くうなずきました。会議を止めたくなかったからです。
答えているのに、質問は隣へ向かう
長谷川は提案を始めました。
利用者が、画面表示と音声案内を自由に選べる予約サービスです。問い合わせ件数を減らしながら、途中離脱も防げる。根拠となる調査結果も示しました。
説明が終わると、柴田はまたリンへ話しかけました。
柴田「この方は、導入後の問い合わせにも対応できますか」
長谷川「導入支援も私の担当です。月に三回の説明会を想定しています」
柴田「では、難しい質問が来たときは、リンさんが代わりに答えるのですか」
リン「私は資料操作の支援者です。商品について判断する立場ではありません」
柴田は「なるほど」と言いました。
しかし、次の質問もリンへ向かいました。
柴田「価格を一割下げられるか、長谷川さんに確認してもらえますか」
長谷川は、目の前に座っています。
長谷川「価格を決めたのは私です。一割下げる場合は、支援回数の調整が必要です」
柴田「ご本人が決めて大丈夫なのでしょうか。念のため、支援者の了承もいただきたいのですが」
会議室が静かになりました。
支援者の了承を求める。その言葉は、長谷川を企画責任者から、誰かに許可をもらう人へ変えていました。
長谷川が、会議を止めた理由
長谷川は資料を閉じました。
長谷川「少しだけ、会議の進め方を確認させてください」
柴田「何か失礼がありましたか。負担をかけないよう、配慮しているつもりでした」
長谷川「私は、この企画の責任者です。リンさんは資料操作を支援しています。質問も交渉も私ではなくリンさんへ向けられると、私は責任者ではない扱いになります」
柴田「でも、支援者がいらっしゃるなら、その方を通すのが丁寧かと」
長谷川「丁寧かどうかは、本人に確かめてください。私を飛ばして話すことは、負担を減らすのではなく、私の仕事を取り上げます」
リンも続けました。
リン「支援とは、本人の代わりに考えることではありません。本人が自分の仕事をできるよう、必要な部分を補うことです」
柴田は、ようやく長谷川のほうを向きました。
視線だけの問題ではない
本人に話しかけないことは、礼儀の問題だけに見えるかもしれません。
けれど、仕事の場では結果が残ります。
質問されなければ、専門性を示せません。判断を任されなければ、責任ある仕事の実績がつきません。発言が議事録に残らなければ、企画を動かした人として評価されません。
長谷川は会議後、上司の真鍋からこう言われました。
真鍋「取引先は、リンさんの説明が分かりやすかったと言っていました。次回はリンさんを窓口にしたほうが安心かもしれません」
長谷川「リンさんは商品説明をしていません。質問を私に戻しただけです」
真鍋「でも、先方が安心する形も大切です」
長谷川「先方の思い込みに合わせて私を責任者から外せば、その思い込みを会社が正しいことにしてしまいます」
その一言で、真鍋は議事録を読み直しました。
そこには「リンが回答」「リンが価格を説明」と記録されていました。実際に答えたのは長谷川です。
支援を受ける人は、判断できない人なのか
人事の佐伯は、長谷川、リン、真鍋を集めました。
佐伯「支援が必要な場面と、本人が決められない場面を、同じものとして扱っていませんか」
真鍋「支援者がいると、つい詳しい人だと思ってしまいます」
リン「私は会議システムの操作を補助できます。でも、商品の価格も、長谷川さんの働き方も決められません」
長谷川「分からないことがあれば、私に聞いてください。必要なら、どう支援してほしいかも私が伝えます」
| よくある対応 | 本人に起きること | 望ましい対応 |
|---|---|---|
| 支援者に「本人は分かりますか」と聞く | 理解力を本人抜きで判断される | 本人へ直接、分かりやすく尋ねる |
| 返事を待たず、支援者へ聞き直す | 発言する時間と機会を失う | 本人の返答を待つ |
| 支援者に同意や承認を求める | 自己決定権が支援者へ移る | 決定権を持つ本人に確認する |
| 支援者を窓口として固定する | 本人の実績と責任が見えなくなる | 役割分担を本人と事前確認する |
ここで大切なのは、支援者を無視することではありません。
通訳、介助、資料操作、移動補助。支援者には専門的な役割があります。その役割を尊重しながら、会話と判断の中心を本人に置くことが必要です。
次の会議で変わったこと
リバース社は、外部との会議に使う短い確認文を作りました。
会議冒頭の役割確認
- 長谷川が企画責任者として説明・回答・判断を行う。
- リンは資料操作と、音声チャットの読み上げを補助する。
- 質問は、まず長谷川へ向ける。
- 支援方法が分からないときも、長谷川本人へ尋ねる。
一週間後、二回目の商談が開かれました。
柴田「長谷川さん、前回は失礼しました。導入後の研修日程について、長谷川さんの案を聞かせてください」
長谷川「ありがとうございます。まず二拠点で試し、問い合わせ内容を見てから全社へ広げる案です」
途中で資料が止まりました。長谷川はリンへ声をかけました。
長谷川「リンさん、比較表の三枚目を開いてください」
リン「開きました」
支援はありました。でも、誰が説明し、誰が決めるのかは曖昧になりませんでした。
会議の最後。柴田は値引きの相談を、長谷川へ直接伝えました。
長谷川は条件を整理し、その場で合意しました。後日の議事録には、「企画責任者・長谷川が提案し、決定」と記されました。
明日からできる三つのこと
- 最初の言葉を本人へ向ける
挨拶、質問、確認は、役割を持つ本人に行います。 - 支援者の役割を本人に聞く
「どのように進めると話しやすいですか」と本人へ尋ねます。 - 発言と決定を正しく記録する
誰が説明し、誰が判断したかを議事録や評価に残します。
長谷川「支援者が隣にいても、私は会議の参加者です。私のことを話すなら、まず私と話してください」
本人へ話しかける。それは特別な技術ではありません。
目の前の人を、仕事をする一人の人として扱う。その当たり前を、会議の最初から守ることです。
登場人物
- 長谷川:商品企画担当。見える人。新サービスの企画責任者。
- リン:業務支援者。全盲。資料操作と音声チャットの確認を補助する。
- 柴田:取引先の営業部長。配慮のつもりで長谷川を会話から外す。
- 真鍋:長谷川の上司。会議後、役割と評価のずれに気づく。
- 佐伯:人事担当。支援と自己決定を分けて考えるよう促す。
参考にした資料
※リバース社、登場人物、会話は、職場で起こりうる課題をもとに再構成した創作です。特定の個人や企業を示すものではありません。
「立場を逆転して考える」シリーズ
いつもの「当たり前」を反対側から眺めると、見えにくかった壁が見えてきます。

