毎朝、同じ時間に会社へ来る。
夜まで席にいる。急な呼びかけにも、すぐ返事をする。
その姿は、確かに分かりやすいものです。
けれど、会社から見えやすいことと、会社へ貢献していることは同じでしょうか。
今回の舞台は、視覚障害のある社員が多数を占める架空の会社「リバース社」。編集職の堀は、見える人です。
堀は週三日を在宅勤務にし、週二日は出社しています。担当記事の閲覧数は編集部で一位。締切遅れもありません。
それでも、四半期表彰で堀の名前は呼ばれませんでした。
この記事で描く問題
リバース社では、出社記録の多い社員ほど「会社への忠誠心が高い」と評価されていました。その結果、成果を出していても、移動や体調の事情で在宅勤務を使う社員は評価されにくくなっていました。
伝えたいこと:出社は仕事を進める手段の一つです。忠誠心や意欲ではなく、合意した成果、責任、協働行動を評価する必要があります。
一番読まれた記事なのに、表彰されなかった
四半期表彰の日。編集部の社員が大会議室に集まりました。
表彰の直前、部長の高瀬が成果を読み上げます。
堀が企画した特集記事は、公開一週間で十万回読まれました。問い合わせ数も過去最高です。
堀は、自分の名前が呼ばれると思っていました。
ところが、受賞したのは別の社員でした。
堀「私の記事が最多閲覧だったと、先ほど説明がありました。表彰の基準を教えていただけますか」
高瀬「成果だけで決めているわけではありません。会社への姿勢も含めた総合評価です」
堀「会社への姿勢とは、具体的に何ですか」
高瀬「毎日出社し、職場に顔を出していることです。何かあればすぐ動ける。それは組織への忠誠心だと考えています」
堀は、言葉を失いました。
表彰基準に「出社日数」と書かれてはいません。
それでも、出社している姿が見える人だけに、目に見えない加点が付いていました。
在宅勤務は、楽をするためではなかった
堀が在宅勤務を使うのには理由がありました。
リバース社の通勤経路は、音声案内を中心に整備されています。見える人向けの案内表示は少なく、乗り換えには時間がかかります。
さらに、堀には光や人混みで強い疲労が出る症状がありました。
往復二時間の通勤をすると、午後には集中力が落ちます。
人事と相談し、企画会議や取材打ち合わせの日は出社する。執筆や校正に集中する日は在宅にする。その働き方を半年間試してきました。
堀「在宅勤務は、会社から離れるためではありません。安定して成果を出し続けるために選んでいます」
高瀬「でも、毎日来ている社員から見れば、不公平に感じるかもしれません」
堀「不公平なのは、同じ評価基準を公開せず、出社できる人だけを陰で加点することではないでしょうか」
見えていた仕事と、見えていなかった仕事
高瀬には、堀の働き方が見えにくいという不安がありました。
オフィスにいれば、誰と話し、いつ席に戻り、どれほど忙しそうかが分かります。
在宅勤務では、完成した原稿やチャットの記録しか見えません。
高瀬「正直に言うと、在宅の日に何をしているのか、細かくは見えません。だから、毎日いる人のほうが安心できます」
堀「見えないことと、働いていないことは同じですか」
高瀬「同じではありません。でも、管理する側として不安はあります」
堀は、在宅の日の記録を開きました。
企画書。取材依頼。原稿の修正履歴。後輩へのコメント。公開後の分析。
仕事は残っています。
ただ、パソコンへ向かう姿が高瀬の目の前になかっただけです。
出社を増やして証明しようとした
表彰の翌週から、堀は毎日出社しました。
評価を変えるには、出社するしかないと思ったからです。
朝の混雑を避けるため、午前六時台に家を出ました。乗り換えで迷わないよう、遠回りの経路を使いました。
午前中は働けます。
しかし、午後になると頭痛と疲労が強くなりました。文章を読み直しても、言葉が入ってきません。
木曜日。記事の公開日時を一日間違えて設定しました。
公開前に同僚が気づき、大きな問題にはなりませんでした。
高瀬「最近、修正が増えています。何かありましたか」
堀「会社への忠誠心を示すため、毎日来ています。でも、仕事の質は下がっています」
高瀬「無理なら在宅に戻してもいいんですよ」
堀「在宅に戻れば、また意欲が低いと評価されるのではありませんか」
高瀬は答えられませんでした。
堀は、働くための調整と、評価を得るための行動の間で挟まれていました。
役員の黒田が、評価記録を並べる
役員の黒田は、今回の表彰基準を確認しました。
記事の閲覧数、締切、修正回数、チームへの支援。それに加え、正式な項目ではない「出社姿勢」が、部長会議で話し合われていました。
黒田「堀さんが表彰から外れた決定的な理由は何ですか」
高瀬「在宅勤務が多く、組織への関与が見えにくかったことです」
黒田「締切の遅れはありましたか。連絡が取れなかったことはありますか」
高瀬「ありません。記事の成果も一位です」
黒田「では、評価したのは関与ではなく、関与している姿が見えたかどうかです」
高瀬は黙りました。
会社が見ていたのは、成果でも協働でもありません。
管理職が安心できる場所に社員がいたかどうかでした。
「毎日いる人は頑張っている」が生まれる理由
出社している社員を評価したくなる気持ちには、いくつかの背景があります。
| 管理する側の感覚 | 起きやすい思い込み | 確認したい事実 |
|---|---|---|
| 姿が見えるので安心する | 見えない人は働いていない | 成果物、進捗、応答、期限 |
| 急な依頼へすぐ反応する | 常にいる人ほど貢献している | 急な依頼が本当に必要だったか |
| 雑談や相談へ参加している | 出社しない人は協調性が低い | 意思決定や情報共有へ参加できているか |
| 通勤の負担に耐えている | 負担を受け入れることが忠誠心 | 負担が成果や定着へ与える影響 |
姿が見えることは、管理しやすさにつながります。
けれど、管理しやすい社員と、成果を出している社員は同じとは限りません。
出社には、見えない費用がある
社員によって、出社に必要な負担は違います。
移動のしやすさ。体調。介助や支援の手配。家族のケア。住んでいる場所。利用できる交通機関。
出社回数を忠誠心の尺度にすると、仕事とは別の条件を評価へ混ぜることになります。
| 表面上は同じ出社 | 社員ごとに異なる負担 | 評価で見るべきもの |
|---|---|---|
| 朝九時に席にいる | 通勤時間、混雑、移動支援の手配 | 合意した時間に必要な仕事へ参加したか |
| 長くオフィスにいる | 疲労や症状を隠している可能性 | 品質と持続可能な働き方 |
| 呼びかけにすぐ応じる | 集中作業が中断される | 役割に応じた応答時間と連携 |
| 懇親会へ参加する | 移動、費用、家庭事情 | 業務上必要な協働行動 |
在宅勤務にも、説明できる仕組みが必要
黒田は、出社回数を評価から外すだけでは不十分だと考えました。
在宅勤務の社員が孤立し、仕事が属人化すれば、別の問題が生まれます。
黒田「場所を問わず評価できるように、期待する成果と連携方法を先に決めましょう」
高瀬「姿が見えない分、監視を増やすということですか」
黒田「監視ではありません。毎日の作業時間ではなく、期限、品質、役割、相談のタイミングを共有するのです」
堀「何を達成すればよいかが明確なら、働く場所に合わせて進め方を選べます」
編集部では、記事ごとに目的、締切、担当、確認日を共有しました。
相談はチャットだけに流さず、決定事項を共通の記録へ残します。
対面が必要な日は、「なぜ集まるのか」を予定へ書くことにしました。
出社の目的を一件ずつ確認する
| 仕事の場面 | 対面で得たいもの | 選べる方法 |
|---|---|---|
| 企画の立ち上げ | 短時間で意見を交わす | 対面、オンライン会議、共同ホワイトボード |
| 集中して執筆する | 中断の少ない時間 | 在宅、集中席、時間帯の調整 |
| 後輩の相談 | 状況を理解し、助言する | 予約した面談、チャット、対面 |
| 重要な意思決定 | 関係者全員の参加と記録 | ハイブリッド会議と議事録 |
毎日出社すること自体を否定する必要はありません。
対面だから進みやすい仕事もあります。
大切なのは、出社を目的にせず、その日に何を達成したいのかを言葉にすることです。
表彰をやり直す
黒田は、四半期表彰の再審査を提案しました。
閲覧数だけでなく、企画の独自性、締切、読者からの反応、後輩への支援を確認しました。
出社日数は評価対象から外しました。
その結果、堀は表彰対象になりました。
高瀬「堀さん。私は成果より、自分から見える姿を評価していました。表彰基準を見直します」
堀「表彰されることはうれしいです。でも、在宅勤務を選ぶたびに意欲を疑われない仕組みにしてください」
黒田「働く場所ではなく、約束した成果と協働で評価します。基準は全員へ公開します」
堀は、週三日の在宅勤務へ戻りました。
出社日は、取材会議や後輩との面談へ集中します。在宅日は、執筆と分析に集中します。
翌月、記事の修正回数は減り、チームの締切遅れもなくなりました。
忠誠心を評価する前に
そもそも、「忠誠心」は人事評価に向いている言葉でしょうか。
見えない気持ちは、客観的に測れません。
そのため、出社、残業、飲み会への参加、すぐ返事をすることなど、管理職に見えやすい行動へ置き換えられます。
しかし、それらは会社への責任感を正確に表すとは限りません。
「忠誠心」を具体的な行動へ置き換える
- 約束した期限を守る
- 問題を早めに共有する
- 顧客や読者へ責任を持つ
- 必要な情報をチームへ残す
- 同僚の仕事が進むよう協力する
こうした行動なら、出社でも在宅でも確認できます。
明日からできる三つの見直し
- 出社回数を暗黙の加点にしない
評価項目にない「顔を出している」「いつもいる」を、総合評価へ持ち込まないようにします。 - 役割ごとの成果と協働行動を言葉にする
期限、品質、顧客対応、情報共有など、場所に左右されない基準を決めます。 - 対面が必要な理由を予定ごとに確認する
出社することを目的にせず、その日に何を対面で達成するのかを共有します。
黒田「出社している姿を評価すると、無理を隠せる人ほど高く見える職場になります」
チームで確認したい問い
その人の評価は、成果が同じでも、働く場所が違うだけで変わっていないでしょうか。
管理する側の安心を、社員の忠誠心と呼んでいないでしょうか。
立場を逆転すると見えてくること
リバース社では、見える人が移動や職場環境で不利になりやすい設定です。
だから、毎日出社できることを忠誠心にすると、見える社員だけが成果とは別の理由で低く評価されました。
現実の職場でも、障害、病気、育児、介護、居住地などによって、出社の負担は異なります。
毎日会社へ来られることは、一つの働き方です。
人柄や意欲の証明ではありません。
堀「会社にいる時間ではなく、会社の仕事へどう責任を果たしたかを見てください」
働く場所を選べることは、会社から離れることではありません。
力を長く発揮し続けるための、仕事の設計です。
登場人物
- 堀:編集職。見える人。週三日の在宅勤務で高い成果を出している。
- 高瀬:編集部長。弱視。社員の姿が見えることを安心と忠誠心へ結びつけていた。
- 黒田:役員。出社回数ではなく、成果と協働行動で評価する仕組みを提案する。
参考資料
※リバース社、人物、会話は、職場で起こり得る課題を伝えるために再構成した創作です。特定の企業や個人を示すものではありません。
「立場を逆転して考える」シリーズ
いつもの「当たり前」を反対側から眺めると、見えにくかった壁が見えてきます。


