この記事について
NHK「ハートネットTV」で紹介された、福島智さんの障害の捉え方を取り上げます。視覚障害のある筆者・よーすけの経験や、With Blindの活動で感じてきた課題と重ねて考えます。番組からの引用と要約は必要な範囲に限り、出典を明記しています。
この記事で伝えたいこと|社会の障壁をなくすだけでは届かない苦悩がある
- 社会モデルは、環境や制度にある障壁を変えるために欠かせない
- それでも、障害とともに生きる本人の痛みや喪失まで、すべて説明できるわけではない
- 福島智さんの「実存モデル」は、その苦悩と生きる力に目を向ける
- 私がWith Blindで考えてきたことや、ALIVEで得た学びとも深く重なった
「社会の側に障害がある」と考える社会モデルは、私に多くの気づきを与えてくれました。
段差、読めない資料、使えないシステム、周囲の思い込み。本人の身体だけに原因を求めず、環境や制度を変えようとする考え方は、With Blindの活動にも欠かせません。
一方で、視覚障害のある当事者として働き、福祉サービスや学びの場をつくるなかで、私はずっと物足りなさも感じてきました。
社会の障壁を取り除くだけで、当事者が経験する苦悩まで説明できるのだろうか。
制度を整えただけで、人や組織は本当に動くのだろうか。
そんな問いを抱えていたときに知ったのが、NHK「ハートネットTV」の「シリーズ 福祉をひらく 苦悩と、生きる~盲ろうの大学教授・福島智さん~」でした。
社会モデルだけでは説明しきれなかった、当事者の苦悩
番組で紹介される福島智さんは、目が見えず、耳が聞こえない盲ろうの大学教授です。ご自身の経験に立ちながら、障害のある人が経験する「苦悩」に注目し、「障害とは何か」を示す新たな考え方を探究されています。
障害のある人が経験する“苦悩”
出典:NHK「シリーズ福祉をひらく 苦悩と、生きる〜盲ろうの大学教授・福島智さん〜」番組紹介(2026年8月18日公開)
この短い言葉に、私は強く引きつけられました。
社会モデルは、社会にある障壁を明らかにします。福島さんの探究は、そこからさらに、一人の人間の内面へ目を向けます。障害とともに生きる苦しさや、生きる意味の揺らぎまで捉えようとしている。私はそう感じました。
これは、私が仕事やWith Blindの活動で感じてきたことと、とても親和性がありました。
福島智さんと話して感じた、明瞭さと温かさ
私は以前、企業の講演会で福島さんに直接お会いし、お話しさせていただいたことがあります。
お話はとても明瞭で、内容は深いのに堅苦しさがありませんでした。ユーモアがあり、こちらの問いにも温かく応じてくださって、「いつまでもお話ししていたい」と感じるような方でした。
福島さんは、私の高校の先輩でもあります。同じ学校で学んだ先輩が、研究と実践の両面から社会を動かしていることを、私は純粋にうれしく、誇らしく思っています。
高校生の問いが教えてくれた「相手の存在を感じる」ということ
番組の終盤、高校生との特別授業のあとに、一人の生徒が福島さんのもとを訪ねる場面がありました。
その生徒が尋ねたのは、目が見えず、耳が聞こえない福島さんが、目の前にいる自分の存在をどのように感じ、捉えているのかという問いでした。
とても素朴な質問です。しかし、コミュニケーションの本質に触れる問いでもあります。
福島さんは、相手の言葉が指点字通訳者を介して届くと説明しました。そのとき、相手が通訳者に「乗り移っている」ように感じるそうです。そして、次のように表現されました。
姿がない、声も聞こえない、だけど存在がある。そして言葉がある。
出典:NHK「シリーズ福祉をひらく 苦悩と、生きる〜盲ろうの大学教授・福島智さん〜」番組内の福島智さんの発言
私は、このユニークで本質的な答えに心を動かされました。
「見える」「聞こえる」だけが、相手の存在を感じる方法ではありません。言葉が届き、関わりが生まれる。すると、そこに相手の存在が立ち上がる。その新しい観点と表現が、強く印象に残りました。
対話を終えた生徒は、最後に「もう一回、握手してもらっていいですか」とお願いしました。その姿も忘れられません。
言葉で問い、答えを受け取る。そして、最後にもう一度、手で存在を確かめ合う。その一連の場面が、「交わり」とは何かを示しているように感じました。
障害をどのように説明し、伝えるのか。福島さんから学ぶことは本当に多いです。私自身、もっと勉強しなければならないと、あらためて思いました。
- 制度上は配慮があっても、本人が仕事を任されず、成長の機会を失うことがある
- 支援を受けられても、「迷惑をかけているのではないか」という思いが消えないことがある
- 能力や成果だけで評価されると、見えない努力や苦悩がこぼれ落ちる
- 社会へ働きかけたいと思っても、日々の障害を乗り越えるだけで力を使い果たしてしまう
障壁を取り除くことは必要です。しかし、それだけで当事者の苦悩がなくなるわけではありません。本人の努力だけを求めてもいけません。私は、その両方を同時に考える言葉を探していました。
個人モデル・社会モデル・実存モデルは、何に注目するのか
With Blindでは以前、障害を本人の心身にあるものと捉える「個人モデル」と、本人と社会の間に生じる障壁として捉える「社会モデル」を紹介しました。
個人モデルと社会モデルを初めて知る方へ
「障害はどこにある?『個人モデル』と『社会モデル』という障害の捉え方」では、アイスクリーム店や段差の例を使い、それぞれの違いをやさしく紹介しています。先に読むと、今回の「実存モデル」が何を補おうとしているのか、より分かりやすくなります。
過去記事では、社会モデルの大切さをお伝えしました。障害を本人だけの責任にせず、社会全体で障壁をなくしていく考え方です。
福島さんの実存モデルは、社会モデルを否定するものではありません。社会モデルだけでは言葉にしきれない、当事者の内面的な苦悩まで捉えようとする視点だと、私は受け止めました。
| 捉え方 | 主に注目するもの | 特徴・ポイント |
|---|---|---|
| 個人モデル | 本人の心身の機能や状態 | 治療、訓練、補助具など、本人への支援を考えやすい |
| 社会モデル | 制度、環境、慣行、周囲の態度が生む障壁 | 社会の側で変えられることを見つけやすい |
| 実存モデル | 障害のある本人が経験する苦悩と、生きる意味 | 痛みや喪失を抱えながら、どう生きる力を見つけるかを考える |
ここで大切なのは、社会モデルを否定することではありません。東京大学の福島研究室も、物理的、情報・文化的、心理的、法制度的なバリアを構造的に分析し、当事者の視点と生活実感を研究の立脚点として重視しています。
私が番組から受け取ったのは、社会モデルを捨てるのではなく、その先へ進むための視点です。
社会の障壁を変えることと、苦悩を抱える本人の生を尊重すること。この二つを切り離さずに考える。
能力だけでは測れないものを、仕事の場でどう見るか
With Blindでは、視覚障害のある人の学び、外出、暮らし、就労を支える活動を続けています。私自身も、視覚障害のある当事者として働いてきました。
そこで繰り返し出会うのが、能力を単純な物差しで測ることの限界です。
- 画面を見て素早く処理できるか
- 一人で移動できるか
- 周囲に手間をかけずに働けるか
- 既存の仕事のやり方に合わせられるか
こうした尺度だけでは、その人がどのような環境なら力を発揮できるか、何を望み、何を乗り越えてきたかが見えません。
必要なのは「本人の能力」か「社会の責任」かを争うことではなく、本人の経験、支援技術、職場環境、周囲との関係を組み合わせ、実際に選べる仕事や役割を増やすことだと考えています。
ALIVEで見えたのは、正しい理念を実行へ移す難しさ
2026年、With Blindは越境学習型の次世代リーダー育成プログラム「ALIVE」に答申先として参加しました。大企業の参加者が、視覚障害のある人が望む働き方を選べる仕組みを3か月かけて考えてくださいました。
ALIVEでの3か月をまとめた記事
大企業の次世代リーダーと考えた3か月|視覚障害のある人の「望む働き方」とALIVE
4チームがどこで立ち止まり、なぜ最終提案を採択しなかったのか。With Blindに残った課題まで詳しく紹介しています。
参加者は当事者や上司、人事などへ話を聞き、何度も提案をつくり直しました。それでも、私たちは最終的に一つも採択しませんでした。
良い理念だけでは社会は動きません。誰が実行するのか。費用をどうするのか。責任を誰が負うのか。続けられるのか。当事者の苦悩を丁寧に扱いながら、現実に動く仕組みへ落とし込む必要があります。
福島さんの取り組みを知り、ALIVEで感じたもどかしさも、私の中で一本の線につながりました。
社会を変える仕組みと、本人の苦悩や生き方を結び直す。それが、これからのWith Blindに必要な仕事なのだと思います。
通訳者の確保と生活支援に、With Blindと同じ方向を感じた
福島さんは研究だけでなく、全国盲ろう者協会の活動を通じ、盲ろう者向け通訳・介助員の養成・派遣や、盲ろう者の生活と社会参加を支える取り組みにも関わってこられました。
通訳や介助を必要な人へ届け、日々の生活をよくし、社会との接点を増やしていく。その姿勢にも、With Blindが目指していることと通じるものを感じます。
もちろん、With Blindの取り組みはまだ小さく、届けられている人数も、動かせている仕組みの規模も限られています。事業を続けるうえでの課題も少なくありません。
それでも、当事者の生活実感を出発点に、コミュニケーションや移動、学び、仕事の選択肢を広げたいという方向は重なっています。福島さんは、私にとって同じ方向の先を歩く、大切なロールモデルの一人です。
苦悩を美談にも自己責任にもせず、支援と社会変革につなげる
苦悩へ目を向けるとき、気をつけたいことがあります。
苦労を乗り越えた人を称賛するだけでは、「頑張れない人」へ責任を押しつけることになりかねません。一方、苦悩を語らないまま制度や合理的配慮だけを整えても、本人の痛みや喪失は見えないままです。
苦悩を本人だけの問題にしない。
苦悩を社会だけの説明で消さない。
本人の言葉を起点に、環境と関係と選択肢を変える。
私は、そのための事業をつくりたいと思っています。
福島智さんから学び、With Blindが次に進みたいこと
視覚障害のある本人は、自分の障害と向き合い、日々のハードルを越えるだけで精いっぱいになることがあります。社会全体へ目を向ける余裕を失うのは、関心がないからではありません。生きるために力を使っているからです。
だからこそ、当事者だけに変革を背負わせてはいけません。企業、行政、支援者、家族、地域、そして当事者が、それぞれの立場から関わる必要があります。
- 合理的配慮の先に、成長や昇進の機会をどうつくるか
- 本人の苦悩を、評価や採用で不利になる情報にせず、対話の起点にできるか
- 支援を受けながら働くことを、本人の能力不足として扱わない仕組みをつくれるか
- 社会を変える役割を、当事者だけに負わせず分かち合えるか
すぐに答えが出る問いではありません。それでも、問い続け、試し、失敗から学び、事業として続けることが必要です。
皆さんは、障害のある人の「苦悩」を、本人の努力と社会の責任のどちらか一方へ押し込めずに受け止めるために、何が必要だと思いますか。
With Blindは、これからも当事者の生活実感を出発点に、学び、外出、暮らし、仕事の選択肢を広げる活動を続けます。福島智さんの取り組みから受け取った視点を、考えるだけで終わらせず、社会を実際に動かす仕組みへつなげていきたいと思います。
引用・参考資料
- NHK「シリーズ福祉をひらく 苦悩と、生きる〜盲ろうの大学教授・福島智さん〜」(2026年8月18日公開、2026年8月25日閲覧)
- 東京大学先端科学技術研究センター「福島 智」研究者紹介(2026年8月25日閲覧)
- 東京大学先端科学技術研究センター「学際バリアフリー研究分野 福島研究室」(2026年8月25日閲覧)
- 社会福祉法人 全国盲ろう者協会(盲ろう者向け通訳・介助員の養成・派遣等、2026年8月25日閲覧)
- 杉原弘恭・田口玄一郎「ケイパビリティ・アプローチ再考」(『自由学園最高学部紀要』4巻1号、2019年)
※本記事は番組の全文や映像を転載するものではありません。引用箇所は批評・考察に必要な最小限の範囲にとどめ、引用部分と筆者の文章を明確に区別しています。
モデルは人を分類する答えではなく、対話のための視点
社会の障壁を変えることは不可欠です。同時に、障壁が除かれても残る喪失感、孤独、将来への不安、自己像の揺らぎを「本人の努力不足」として扱わない視点も必要です。
- 環境の障壁と、本人が抱える苦悩をどちらも否定しない
- 解決策を示す前に、本人が何を失い何を大切にしているかを聞く
- 同じ障害名でも経験や意味づけが異なることを前提にする
- 支援者は自分の価値観を押しつけず、必要に応じて専門家や仲間につなぐ
大切なポイント:医学モデル・社会モデル・実存モデルは一つで人を説明し切るものではありません。複数の視点を行き来し、本人の言葉を中心に考えることが大切です。


