評価は、本来、その人がどんな仕事をしたかを見るためのものです。
ところが、障害や病気を申告した事実そのものが、減点の理由になったらどうでしょう。
相談しなければ、必要な調整を受けられない。相談すれば、評価や昇進で不利になる。
そんな職場では、社員は安心して困りごとを話せません。
今回の舞台は、視覚障害のある社員が多数を占める架空の会社「リバース社」。開発職の森は、見える人です。
月に一度の通院を続けるため、始業時間を一時間遅らせたいと上司へ相談しました。その翌週。森の評価はAからBへ下がっていました。
この記事で描く問題
リバース社では、見える人が障害や病気、配慮の必要性を申告すると、「将来のリスクがある」とみなされ、評価を一段下げる慣行がありました。
伝えたいこと:配慮の相談と仕事の評価は分ける必要があります。評価するべきなのは申告の有無ではなく、実際の成果と行動です。
評価面談で告げられた「B」
半期評価の日。小さな会議室で、森と上司の高瀬が向かい合っていました。
森が担当した顧客管理システムの改修は、予定より一週間早く終わっています。重大な不具合はゼロ。顧客からの追加要望にも対応し、目標達成率は120%でした。
評価シートの個別項目には、Aが並んでいます。
それでも、総合評価はBでした。
高瀬「成果だけを見ればAです。ただ、今回は総合的に判断してBになりました」
森「成果だけを見れば、というのはどういう意味ですか」
高瀬「先週、通院と時差勤務の相談がありましたよね。配慮が必要な社員は、将来の安定性を慎重に見ることになっています」
森は、評価シートをもう一度見ました。
納期。品質。顧客対応。チームへの貢献。
どの欄にも、通院による遅れや仕事への影響は書かれていません。
森「遅刻も欠勤もありません。仕事の結果も変わっていません。具体的に、何が一段下がったのでしょう」
高瀬「今は問題がなくても、これから負担が増えるかもしれません。会社としてはリスクも見ないといけません」
森「では、相談せずに黙って通院していたら、Aだったのですか」
高瀬は、すぐに答えられませんでした。
その沈黙が、森には答えのように聞こえました。
一段下がると、何が失われるのか
AとBの違いは、評価シートの一文字だけではありません。
Bになると、森は次期リーダーの候補から外れます。賞与も下がります。希望していた新規プロジェクトへの応募にも、A評価が必要でした。
森「通院を相談しただけで、これまでの成果だけでなく、次の機会まで失うのでしょうか」
高瀬「機会を奪うつもりはありません。無理をさせないためでもあります」
森「私が無理かどうかを、私に確認せず決めています。しかも、その判断が評価に入っています」
「本人のため」という言葉は、やさしく聞こえます。
しかし、本人と話し合わずに昇進や挑戦の機会を狭めれば、それは保護ではなく排除になります。
相談した人ほど、相談できなくなる
面談の翌月。森は、新しい症状について上司へ伝えるのをやめました。
通院の日は早朝から働き、不足分を埋めました。体調が悪い日も、「問題ありません」と答えました。
再び評価を下げられるのが怖かったからです。
ある金曜日。森は無理を重ねたまま、顧客データの移行作業に入りました。
確認に時間がかかり、チームへの相談が遅れました。大きな事故にはなりませんでしたが、公開予定を半日ずらすことになりました。
高瀬「なぜ、もっと早く相談しなかったのですか」
森「相談したら、また評価が下がると思ったからです」
高瀬は言葉を失いました。
会社が恐れていた「業務上のリスク」は、森が障害を申告したことではありません。
申告すると不利益を受ける仕組みが、必要な相談を遅らせたことでした。
人事の佐伯が、評価の根拠を確かめる
森は、人事担当の佐伯へ面談を申し込みました。
佐伯は、森の話だけで結論を出しませんでした。評価シート、勤怠記録、プロジェクトの実績、過去の評価履歴を並べ、高瀬にも説明を求めました。
佐伯「評価表のどの項目に、『配慮を申告したら一段下げる』と書かれていますか」
高瀬「正式な項目ではありません。ただ、将来の負荷を考慮するよう、前任者から引き継がれてきました」
佐伯「では、実際の欠勤は何日ですか。納期の遅れや品質低下はありましたか」
高瀬「評価期間中の欠勤はゼロです。納期の遅れもありません」
佐伯「それなら、Bの根拠は仕事の結果ではありません。申告を聞いた後の不安です」
高瀬は、評価シートを見つめました。
「将来の安定性」「継続的な活躍」「チームへの影響」。どれも、具体的な事実がないまま使える言葉でした。
曖昧な言葉ほど、評価する側の思い込みが入りやすくなります。
高瀬が恐れていたもの
佐伯が尋ねると、高瀬はようやく本音を話しました。
高瀬「以前、体調を崩した社員の仕事を、急きょチーム全員で引き継いだことがあります。あの混乱を繰り返したくありませんでした」
佐伯「その経験への不安と、森さんの現在の実績を混ぜていませんか」
高瀬「……混ぜていました。申告を聞いた瞬間、同じことが起きると決めつけました」
森「備えを考えることには反対しません。でも、備えの費用を私の評価だけで払わせないでください」
高瀬は、森を低く評価することで、チームの不安を管理したつもりでした。
けれど、評価を下げても引き継ぎ手順は整いません。属人化も解消しません。
必要だったのは、誰かの申告を減点することではなく、誰が休んでも仕事を引き継げる仕組みでした。
評価の言葉に隠れていたもの
| 会社の説明 | 実際に起きていたこと | 公平にするための考え方 |
|---|---|---|
| 将来の安定性も見る | 申告だけで能力低下を予測していた | 勤怠や成果など、確認できる事実で判断する |
| 全員を同じ基準で評価する | 申告した人にだけ見えない減点があった | 評価項目と配点を事前に明示する |
| 現場の負担を考える | 組織の課題を本人の評価へ戻していた | 引き継ぎや人員配置を別の問題として整える |
| 本人のために慎重に判断する | 本人に確認せず、昇進の機会を狭めていた | 本人の意思と実際の遂行状況を確認する |
健康情報や障害情報は、働くための調整を考える情報です。
「この人は将来、働けなくなるかもしれない」と想像し、評価を下げるための材料ではありません。
評価をやり直す
佐伯は、森の評価を再審査する会議を開きました。
確認する項目を、納期、品質、顧客対応、チームへの貢献に限定しました。通院の有無や配慮の申告は、評価資料から外しました。
結果はAでした。
高瀬「Bの根拠は、森さんの実績ではありませんでした。申告をリスクと決めつけていました。評価をAに戻します」
森「評価が戻ることはうれしいです。でも、一番変えてほしいのは、次に相談する人が怖がらなくてよい仕組みです」
佐伯「配慮の記録と評価記録を分けます。申告後に評価が下がった場合は、人事が具体的な根拠を確認します」
月に一度の時差勤務は、三か月間の試行になりました。
始業と終業を一時間ずらし、重要な会議の日程だけ事前に確認します。仕事への影響はありませんでした。
チームでは、森だけでなく全員の業務について、引き継ぎ資料を整えました。
結果として、急な休みが出ても対応しやすくなりました。
評価と配慮を分ける仕組み
| 扱う情報 | 主な担当 | 記録する内容 |
|---|---|---|
| 仕事の評価 | 直属の上司 | 目標、成果、行動、品質、期限 |
| 配慮の相談 | 本人、人事、必要な担当者 | 業務上の障壁、調整内容、試行期間 |
| 健康・障害情報 | 人事など必要最小限の担当者 | 本人が同意した範囲の情報 |
| チームの備え | 管理職とチーム | 引き継ぎ、複数担当化、緊急時の手順 |
完全に情報を切り離せない場合もあります。
大切なのは、「配慮が必要だから低評価」と短絡しないことです。
評価を変えるなら、どの仕事にどんな影響があり、その影響をどの事実で確認したのかを説明できなければなりません。
明日からできる三つの見直し
- 評価理由を、成果と行動の言葉で書く
「不安がある」「安定性に欠ける」ではなく、何が起きたのかを具体的に記録します。 - 配慮の情報と人事評価を分ける
健康情報は必要な人だけが扱い、評価者には業務上必要な調整だけを共有します。 - 申告後の評価変更を点検する
評価が下がった場合は、申告ではなく、実績に基づく説明ができるかを人事が確認します。
チームで確認したい問い
その評価は、本人が障害や病気を申告しなかった場合にも同じだったでしょうか。
この問いに答えられないなら、評価の中へ偏見や憶測が入り込んでいる可能性があります。
立場を逆転すると見えてくること
リバース社では、見える人が少数派です。だから、見える人だけが「配慮の必要な人」として扱われました。
現実の職場では、障害のある人が同じ構図に置かれることがあります。
相談しなければ働きにくい。けれど、相談すると評価が下がる。
その二択を迫る職場では、社員は困りごとを隠します。結果として、本人にも会社にも大きな負担が生まれます。
森「障害を申告したからではなく、何を成し遂げたかで評価してください」
配慮は、評価を甘くすることではありません。
働くための障壁を減らし、そのうえで仕事を正しく見ることです。
申告できる会社は、弱い会社ではありません。問題が大きくなる前に話し合える、強い会社です。
登場人物
- 森:開発職。見える人。通院のため時差勤務を相談する。
- 高瀬:森の上司。弱視。過去の経験から申告をリスクと捉えてしまう。
- 佐伯:人事担当。評価と配慮の情報を分け、判断の根拠を確認する。
参考資料
※リバース社、人物、会話は、職場で起こり得る課題を伝えるために再構成した創作です。特定の企業や個人を示すものではありません。
「立場を逆転して考える」シリーズ
いつもの「当たり前」を反対側から眺めると、見えにくかった壁が見えてきます。


